洋墨に花が咲く
軟風の音すら、確かに聞こえる。部屋を闇が這い、手が震える。万年筆の滑りを邪魔するものは何もない。
洋墨は、あと僅か。すぐ切れる。底知れぬ焦りが喉を締め上げていく。
まだ待ってくれないか、書き記せていない。阻まれた血が枯れてしまう前に。
夜が身体を飲むこむようで、どうにも黙っていられなかった。
鼓膜を叩く心臓に、つい笑みを零す。いつも書く時は1人だろうに。
黒に溶けた息が、酷く頼りなかった。
──嗚呼、生きていたい。
刹那、突然の酔い訪問に心臓は飛び跳ねた。見ると、月光を背負った覚束ない来客がいた。
淀みない話を引き連れて、微風を破った彼。一つ、嘘を手渡すと、いつの間にか闇に乗り酒を飲んでいる。
後ろの彼に一瞥し、再度文字を並べていく。床を滑る冷気に、酒の香りが運ばれてきた。洋墨の残量にはもう構う気すら起きない。
嘘を、ついたな。つい綻んだ口元に、彼を見直した。
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