みんな幸せになあれ!

増田朋美

みんな幸せになあれ!

日中は暑いが、少しづつ涼しいと言える季節になってきた。そうなると、夏の疲れも出てきて、体調を崩してしまうひとも少なからずいることだろう。そういう時に、頼りにするのが医者や看護師とか、そういうものであるが。

「あーあ、せっかく、ペインクリニックと書いてあるから、行ってみたのによ。ただほかんとこを紹介されるだけじゃないか。」

と、杉ちゃんは一緒にいた女性、八木橋多香子さんに言った。

「ほんと、あんな言い方されたら困るよなあ。まるでうちの病院では、線維筋痛症は受け付けないってことが見え見えだった。」

多香子さんは、足の痛みで悩んでいた。本人に言わせると、特にぶつけたとか、ひねったとかそういう理由はないのに足が痛みだし、立っているのがやっとなくらい痛いときもあるという。しかし、骨折とか、捻挫とか、そういう怪我のようなものはなく、自己免疫の異常とか、関節に炎症があるわけでもないので、線維筋痛症と言われたというのだ。昨年、ご主人の転勤で掛川から富士にやってきたが、富士市内で、適宜な病院がなくて困っているので、杉ちゃんたちに相談を持ちかけてきたのである。

「富士には、偏見のある人が多いということですよね?」

と、多香子さんはがっかりと落ち込んだ顔で言った。

「まあまあまあまあ、そんなふうに考えるな。きっとお前さんのことを理解してくれる医者や治療者は見つかるよ。それまで、頑張って探そうな。僕も、できる限りのことはお手伝いするから。」

杉ちゃんがそう言うと、

「もうどうしたら良いんですか!いろんな病院へ行きましたけれど、みんな他へ行ってくればっかりじゃないですか!」

多香子さんは、半分泣きそうになっていった。

「まあ、でも薬はもらってるわけだから。」

杉ちゃんが言うと、

「でも、誰も私の方を向いてくれないじゃないですか!これだけ痛いのに、異常はありませんとか、数値は大丈夫とか、そういうこと言うんでしょう!そんなことはどうでも良いです。それより、こんなに足が痛いのに、なんで誰もわかってくれないんだろう!」

多香子さんは、そういうのであった。

「大丈夫だよ。きっとどっかでお前さんの話を聞いてくれる病院が見つかるよ。それを信じて探しに行くしかないだろう。それに、薬を飲まなかったら、今までよりもっと痛くなる可能性だってあるわけだから、それは行けないしねえ。」

「そうだけど、今回で、20軒のペインクリニックを回ったのよ。それなのに、どこへ行っても、ほかへ行ってくれ、他へ行ってくれの一点張りで、もう医療関係者なんか信じられないわ!」

杉ちゃんは困った顔をして多香子さんを見た。確かに多香子さんの様に足の痛みが酷いと、医療関係者なんて信じられないという人も出てくるかもしれなかった。そうなってしまったら、本当に困ってしまうが、それが、実情なのかもしれなかった。

「まあなあ、痛いけど、それでも頑張ってやってくしかないんだよ。それはそうなってるんだから、」

と、杉ちゃんが言いかけると、

「こんなふうに痛みがあるんだったら、もう死んだほうがマシよ!」

と彼女は言った。

「確かに、痛いのは確かなんだよな。だけど、痛いところが見つからない。あ、バスが来たぜ。一緒に乗って一緒に帰ろう。」

杉ちゃんは、車椅子のまま、やってきたバスに向かって頭を下げる。幸い、バスは誰も乗っていないので、乗車時刻を守らなくても、文句言う人はいない。運転手に手伝ってもらってバスに乗り、製鉄所へ帰っていったのであった。

「ただいまあ。いま帰ったで。まあ、今日も収穫無しや。」

と、杉ちゃんと多香子さんが、製鉄所の玄関の引き戸を開けると、

「あ、お帰り。待ってましたよ。手紙が多香子さんに来てました。なんでも、配達員がここに間借りしているのを知っていたようです。」

と、水穂さんが、多香子さんに一通の茶封筒を渡した。

「誰からだ?」 

杉ちゃんがいうと、

「はい。なんでも、宮薗ゆかりさんという方からだそうです。」

と水穂さんは言った。

「宮薗ゆかり?」

多香子さんはへんな顔をする。

「何か確執でもあるんか?」

杉ちゃんがすぐ言った。

「でもさあ、せっかく手紙送ってくれたんだから、一応捨てないで読んでみな。」

杉ちゃんにそう言われて、多香子さんは、しぶしぶ封を切った。

「読んでみろ。」

杉ちゃんがそういうので、多香子さんは声を出して読んでみる。

「多香子さん。お元気ですか?掛川西高校文芸部で部長だった宮薗ゆかりです。なんでも富士に住んでいらっしゃるそうですね。あたしも、他の2人も富士に住んでいるからちょうどよかった。大川信夫くんも、町田祐太郎くんも富士に住んでいるそうです。これも何かの縁だと思うので、みんなで富士駅に集合して、大井川鉄道SL列車に乗りませんか。切符を同封しておきます。都合がよろしかったら、富士駅にいらしてください。」

たしかに封筒を振ってみると、大井川鉄道の乗車券と特急券が出てきたので、多香子さんはさらにびっくりする。

「これじゃあまるで強制じゃない。なんで私が彼女とSL列車なんか。」

多香子さんはそういうが、

「いや、かつての仲間がせっかく誘ってくれたんですから行った方がよいのではありませんか?」

と、水穂さんが言った。

「もしかしたら、何か理由があるのかもしれませんよ。」

「お前さんは掛川西高校に通ってたの?」

杉ちゃんが言うと、多香子さんは、はいと頷いた。

「でも、真剣に勉強したいひとはまるでいなくて、生き地獄みたいな高校でした。みんな名門だと言いますが、私にはそうではありません。本当に、思い出したくもない。だから、文芸部入って、現実逃避してたんです。」

「はあ、そうなのね。」

杉ちゃんは言った。

「その仲間から手紙が来るんだから、きっと何か理由があるんだよ。いってきなはれ。」

「でも、そんなに大した思い出があるわけじゃないのに。」

多香子さんはそう言ったのであるが、

「そうだけどね。こういう呼び出しは、何か必ず理由があるよ。もしかしたら重大な理由があるかもしれないじゃないか。」

と、杉ちゃんに言われてしまった。

「でも、痛みがあるからきっと皆さんに迷惑をかけてしまうわ。」

「そういうのに、逃げちゃだめ。そんなことはきっと百も承知だ。だから呼び出したんだ。面白半分ではないと思う。」

「そうですね。大井川鉄道の切符を自腹で払うわけですからね。」

杉ちゃんと水穂さんがそう言ってくれたので、多香子さんは、足が痛いながらも、富士駅へ指定された日付に行ってみることにした。

そして、指定された日。八木橋多香子さんは、切符を持って富士駅に行った。

「多香子さん!」

富士駅の改札にいくと、明るい声で呼び出してくれたのは、宮薗ゆかりさんだ。

「もうみんな来てるわよ!一緒に行きましょう!」

近くに、高校時代とほぼ変わらない顔つきをしている大川信夫くんと、えらく疲れた顔つきをしている町田祐太郎くんがいた。祐太郎くんの、紙みたいに白い顔をしているのに、多香子さんは、びっくりした。

「じゃあ、これから電車で金谷駅に向かいます。」

仕切り屋のゆかりさんがそう言ったので、みんな駅のホームに降りた。みんな階段を使わないで、エレベーターを使用していた。

「お久しぶりね。10年くらいかな?いや、もっとたつか。いつの間にやらこんなおばさんになってるんだし。」

ゆかりさんが馴れ馴れしい態度でそう言ってくるから多香子さんは嫌な顔をする。

「いまなにやってるの?」

ゆかりさんに聞かれて、

「何もしてないわよ。主人に食べさせてもらって、あとはずっとペインクリニックで、ドクターショッピング。」

と、多香子さんは嫌そうに答えた。

「そうなんだね。それはつらいだろうな。俺もいま、足が悪くなっちゃってさ。脳梗塞だったんだけど、運悪く。」

と、大川信夫くんが言った。

「信夫くんなにやってるの?」

ゆかりさんに聞かれて、

「運送会社をやってる。ほんとに小さな会社だけど。」

と、信夫くんは答えた。

「そうなんだね。それでも自分のいるところがあるんだからいいじゃない。僕は、行くところどころか、居場所さえない。」

不意に町田祐太郎くんが言った。

「そんなことないでしょう。町田くんはあたしたちよりずば抜けて頭が良かったんだから、きっといい大学はいってて、いい会社にいってるんじゃないの?」

ゆかりさんがそう言うと、

「確かに、唯一の理数科だったもんねえ。」

多香子さんも言った。ちなみに掛川西高校は、普通科と理数科とあり、多香子さんが所属していたときの文芸部には、町田祐太郎くんのみが理数科に在籍していたので、名物と言われていたのである。

「みんなそう言いますけどね。大学を受験したとき、脈が乱れる様になってしまって。それで、就職もできなくて、結局、そのままになってしまってるんですよ。」

みんな、驚いた顔して黙ってしまったが、

「私も、似たような感じかなあ。一応、掛西出てさ、大学も出て、一応会社で働いて、そこの上司になる方と結婚したんだけど、子供ができてからがもうだめなのよ。今流行りのねえ、広汎性発達障害っていうのかしら。それに学校へ行かせる前に引っかかっちゃってね。それで、すごく夫婦仲冷え切っちゃってさ。結局、あたしでは、娘を任せられないって言われて、旦那が娘を連れて出て行っちゃったのよ。それからはさあ、もう何もしたくなくなっちゃってさあ。一応、医者にも行って、うつ状態って言われて、薬ももらってるけど、なんかやる気が出なくて、結局、働こうという気持ちなんかなれないのよね。まあ、国から面倒見てもらってるって言えばそれまでだけど、あたしは、なんで生きているのかなとか、思っちゃうのよね。」

と、宮薗ゆかりさんが言った。多香子さんはそれを聞いてまたびっくり。あんな明るくて、仕切り屋の彼女が、やる気が出ないなんて言うのだから、驚きだ。

「そうなんですか。宮薗さんもそうなんだねえ。俺もさ、会社を起こして、一生懸命やってたんだけど、ある時突然脳梗塞でぶっ倒れちゃってさ。幸い、下半身麻痺とか、そういう大掛かりな後遺症は免れたけど、足が不自由になってしまって、歩くのが不自由になって、経営から外されちゃったんだよ。」

と、それに続けるように、大川信夫さんが言った。

「だから俺だって時々思うんだよね。俺は、なんのために生きているのかなって。だって俺、いるだけだもん。一応、会長となってるけどさ。実質的な会社の経営は、部下に任せっぱなしだし。」

「そうなんですね。皆さん時間があるから良いじゃありませんか。きっと今なにかあったとしても、時間があれば乗り越えられますよ。乗り越えられない試練はないって思うと思いますよ。でも、僕には時間がありません。」

不意に、町田祐太郎くんがそう言うので、全員えっと言って、黙ってしまった。

「そうなの?」

と、思わず宮薗ゆかりさんが恐る恐るいうと、

「はい。そうなんです。僕、心臓が悪くて。持ってあと、す。」

「それ以降はやめて!」

と町田くんの発言に、八木橋多香子さんは言った。

「そうかあ。」

宮薗ゆかりさんが部長らしく言った。

「じゃあみんな、幸せにはなれなかったわけね。みんな掛川西高校出て上級学校に進むということをしても、幸せではなかったってことか。あたしたち、幸せになろうねって誓ったのに。」

「それでは、町田くんの場合、もう外へ出歩くのは、最後って言うことになるんだろうか?」

と、大川信夫くんが言った。町田祐太郎くんは黙って頷いた。

「そうなの?そういうことなら、本当ならすぐ入院させてもらうなりしたほうが良いのでは?少しでも楽になれるように、してもらうほうが良いと思うけど?」

多香子さんはそういったのであるが、

「いや、そういうことできるんだったらとっくにしています。僕、医者に見てもらったときは、もう手遅れでした。だから、好きなことして、静かに暮らしていればいいって、言われました。」

と、町田祐太郎くんは言った。

「結局、僕もそう思うんですよ。なんで今まで生きてきたのかなって。最初に入院したときくらいは、何日か治療すれば大丈夫だって思ってたけど、それを繰り返してしまうと、もう終わりだってことが、感じられて、いくらお医者さんたちが、頑張ろうと言ってくれてもその気になれないんですよ。」

「そうなのね。じゃあ、みんななんで生きているのかなって考えているのか。それに、みんな働いていないってのも共通してる。なんか、みんな掛川西高校出て、いい大学いけって教師や他の人から散々言われたのに、それを果たすことはできたものの。幸せになるって言うことはならなかったんだ。」

宮薗さんは、そう考え込むように言った。

「じゃあ、今日は、町田くんの最後に、楽しい思いをさせてあげられるようにしてあげましょ。そして、精一杯楽しみましょう。」

「そうね。」

と、多香子さんも言った。

「まもなく、金谷に到着いたします。お降りのお客様は、お支度をお願い致します。」

と車内アナウンスが流れたので、4人は、急いで降りる支度をした。金谷駅に電車が停まると、4人は、電車を降りた。他の客が出口へ言ってしまったあとで、4人は、エレベーターで改札口へ向かった。歩いて大井川鉄道の金谷駅へ向かう。ただSL列車が走っているのは、新金谷駅であるので、タクシーに乗せてもらって、新金谷駅へ行った。新金谷駅で、多香子さんはすぐにSL列車の切符を出した。

「あら、ありがとう。用意した切符、持ってきてくれたの。」

と、宮薗さんが言う。多香子さんがどこで買ったのか聞くと、

「ネットで予約できるでしょ。今は、何でもそれでできるから、便利になったわねえ。」

宮薗さんは言った。

「そうなんだ。じゃあ、切符代をあたし払うわ。」

多香子さんはお金を出そうとしたが、

「いいえ、そういうことは、しないで良いわよ。今回の企画はあたしがしたんですから、あたしが全部払う。」

宮薗さんは言った。それと同時に、SL列車がやってきた。念の為、駅員に手伝ってもらいながら、4人は列車に乗せてもらった。列車は、汽笛を上げて発車する。大井川鉄道の沿線風景は、ビルばかりの都市でもなければ、住宅街でもない、静かな山に囲まれた、田舎風景である。そういう静かなところが、自分たちの原点であると、多香子さんはなんとなく感じたのだった。森ばかりの山をSLは走って、千頭駅に到着した。切符は、千頭駅までの切符までであったがなんだかここで、終わりにしてしまうのは、もったいない気がしたので、

「あの。」

と多香子さんは言った。

「もし、よかったら、井川駅まで乗ってみませんか?トロッコ電車で乗せて貰えば。」

「それが良い!」

と、宮薗さんも言った。

「ぜひ、最後の思い出として、井川線に乗ってもらおう。」

大川信夫さんも言う。そこでみんなは井川線に乗っていくことにした。今度は、切符代を、宮薗さんではなくて、みんな一人ひとり払った。大井川鉄道では、切符を自動改札機に通すのではなく、駅員さんに切ってもらうことになっている。駅員さんは、4人の姿を眺めながら、最後の旅行なのかなと、穏やかな顔をして、見つめてくれていた。

井川線のホームで15分くらい待つと、小さなトロッコ電車がやってきた。駅員に手伝ってもらって、4人は乗せてもらった。ガタンゴトンとのんびりしたスピードで走っていくトロッコ列車は、高速道路を飛ばしていくより、楽しいのではないかと思われる気がした。途中の急勾配を登って、そして見晴らしの良い鉄橋を渡り、のんびり走っていくトロッコ電車の旅は、本当に人生もこういうふうになってくれたらなと思われる風景が続いていた。

「まもなく奥大井湖上駅に到着いたします!」

車内アナウンスがなって、トロッコ電車は、奥大井湖上駅に到着した。とても美しく、青い湖の小さな島の上に駅がある。周りは、緑の木々に囲まれた森。木の葉がサラッと風に揺れられて落ちてくる。本当に、すごいきれいとしか言いようがない景色である。

「なんだか町田くんの人生にご褒美くれたみたい。」

と、多香子さんは言った。

「良いじゃないの。彼には、本当に最高のご褒美なんじゃないの。それを褒めて上げましょうよ。それが私達ができる最後のお別れなのよ。」

宮薗さんが、多香子さんにそっと耳打ちした。多香子さんは、本当にそのとおりなんだと思った。しばらく駅にトロッコ電車は停車して、静かに走り出す。そして、接岨峡温泉駅に到着して、数駅へて終点の井川駅にたどり着いた。そこでまた駅員に助けてもらっておろしてもらって、しばらく山の景色を眺めたあと、みんなは井川駅からタクシーに乗って帰ることにした。帰りは電車なんか利用しなくても、タクシーで山下りをして、十分帰れるのであった。数時間走ってもらって、金谷駅に到着する。それから、みんなで東海道線に乗って、富士駅へ帰るのであるが、町田くんのためになにかしたという思いが、みんなの心のなかで充満していて、にこやかに笑い合っているのだった。流石にまた会いましょうとはいえなかったけれど、多香子さんは最後に、

「楽しい思い出をありがとう。」

と小さな声で言ったのであった。

「それでどうしたの?それで何も買わずに帰ってきたのか?」

よるおそくなって製鉄所に帰ってきた多香子さんに、杉ちゃんは、そういったのであるが、

「ええ。だってあたし、まだまだ生きなくちゃなと思ったから。なんか最後の思い出を演出したっていう体験すると、ああ生きていかなくちゃなと思うのよ。」

と多香子さんは言った。

「ほんなら、もうちょっと頑張れるかな。足が痛くてもさ。」

と、杉ちゃんに言われて多香子さんは、

「ええ。あたしもそう思ってるわ。」

とだけ静かに言った。

「じゃあもう、病院断られても、やけになったり、やんぱちになったりするんじゃないぞ。」

杉ちゃんがいうと、

「はい、これから気をつけます。」

八木橋多香子さんは、にこやかに言ったのであった。そして、明日診察に行くための、支度をするために、カバンの中身を整理することをし始めた。







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