第37話 黒き球体の覚醒

戦場にただならぬ沈黙が落ちた。

 モスキート女王は翼をゆるやかに広げ、ホモサピ、爬虫属、そして自らの戦士たちを見渡す。

 その複眼には、かすかに迷いと決意が混ざり合っていた。


 【……我らの憎しみは深い。だが、この娘の心に映った光景……黒き球体が再び目覚める未来……】


 女王の声が戦場に響くと、羽音を響かせていたモスキート属の戦士たちが一斉に沈黙した。

 憎しみよりも、恐怖の記憶が彼らを震わせたのだ。


 ミラは前に進み出る。

 「女王……! あなたが力を貸してくれるなら、きっと私たちは……!」


 その言葉を遮るように、大地が低く唸った。

 ズゥン……ズゥン……と鼓動のような震動が、遺跡全体に響き渡る。

 石壁の隙間から、黒い光がじわりと漏れ出し、空気を染めていく。


 「まさか……!」

 リザード将軍が尾を振り上げた。

 「封印が……解けかけているのか!」


 ミラの胸に冷たい痛みが走る。

 ——球体の脈動。あの日、心を縛られた記憶が再び流れ込んでくる。


 【来る……!】

 女王が鋭い思念を放った。

 【憎しみも愛も、全てを呑み込み支配する……黒き球体が!】


 次の瞬間、遺跡の奥から光が噴き上がった。

 巨大な黒の球体が、ゆっくりと浮かび上がる。

 その表面は脈動し、光でも影でもない「意志なき力」が波紋のように広がっていく。


 戦士たちの心に、ざらりとした声なき囁きが流れ込む。

 ——従え。抗うな。すべては一つに。


 犬族の兵が膝をつき、爬虫属の兵が剣を震わせる。

 仲間の心が次々と飲み込まれていく。


 「だめ……!」

 ミラは必死に両手を伸ばし、テレパシーの波を広げた。

 「みんな! これは私たちの意志を奪うもの! 負けないで……!」


 女王もまた羽を震わせ、鋭い意志を戦士たちに送る。

 【恐れるな! これは過去に我らを滅ぼしかけた力! だが今は違う……今度こそ、種族を超えて立ち向かう!】


 黒き球体の光が戦場を飲み込み始める。

 しかし、ホモサピ、爬虫属、モスキート属の三つの種族は、憎しみを超えて円陣を組み、同じ敵に向かって武器を構えた。


 レイは剣を高く掲げ、叫ぶ。

 「これが俺たちの戦いだ! 未来を縛る鎖は、ここで断ち切る!」


 轟音と共に、球体の表面が裂け、内側からさらに強烈な黒光が噴き出す。

 戦いの舞台は、種族間の争いから、すべてを飲み込む“破滅の意志”との戦いへと姿を変えた。

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