第36話 記憶の共鳴

女王の複眼が光を帯びた瞬間、ミラの脳裏に鋭い衝撃が走った。

 言葉ではない。思考でもない。

 ——女王の記憶が、直接流れ込んできたのだ。


 漆黒の球体。

 かつて遺跡の中心で目覚め、無数の心を支配した災厄。

 ホモサピも、爬虫属も、そしてモスキート属でさえも……意志を奪われ、操り人形のように争い、血を流した。

 愛する者の名を叫びながら刃を向け合い、笑顔も涙も、全てが球体の光に塗りつぶされていく。


 【ああ……あなたも、見ていたのね……】

 ミラの声が震える。


 すると女王の思念が鋭く突き刺さった。

 【見ていた? いいや、私の種族は“焼かれた”のだ。

 我らの女王も、子を抱いた母も、あの黒き光に心を縛られ、同族を喰らう怪物へと変えられた。

 ……お前たちホモサピの過ちのせいで!】


 怒りの波動が戦場に響き渡り、周囲のモスキート戦士たちが羽を震わせる。

 空気が裂け、砂塵が巻き上がった。


 ミラは必死に踏みとどまる。

 【違う! あれは……誰のものでもなかった!

 ホモサピも、爬虫属も、あなたたちモスキート属さえも……皆、同じように犠牲になった!

 あの球体は“意志を持たない破滅”……種族を選ばず、すべてを滅ぼしたんだ!】


 女王の複眼がぎらりと光る。

 次の瞬間、彼女の中にある別の光景が、ミラへ流れ込んできた。


 ——母を失った幼き日の女王。

 球体に操られた父が、自らの巣を破壊し、仲間を斬り裂く姿。

 泣き叫ぶ女王の心を、黒い光が冷たく塗りつぶしていく。


 ミラは涙をこらえきれなかった。

 【……あなたも、奪われたんだね。大切なものを……】


 しばし、二人の思念は沈黙した。

 だが戦場の空気は張り詰めたまま、全ての戦士が息を潜めて女王の決断を待っている。


 やがて、女王の心に小さなひび割れのような感情が灯った。

 ——憎悪の奥に潜む、理解と共鳴の兆し。


 女王はゆっくりと翼を広げ、戦士たちに向かって思念を放った。

 【ホモサピの娘……お前の心、確かに受け取った。

 だが……信じるかどうかは、この戦いの中で見極める。】


 羽音が再び鳴り響き、戦場の緊張が極限に達する。

 ホモサピ、爬虫属、モスキート属。

 それぞれの未来が、今この場で試されようとしていた。

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