第33話 守る者の代償

 モスキート族の大群が一瞬後退し、戦場にわずかな静寂が戻った。

 だが、その空気はまだ緊張で震えている。羽音は遠くで止まず、次の襲撃を予告していた。


 「――左側、来る!」

 レイが仲間の動きを指示する。しかし、その瞬間――


 カイが前線で敵の突進を受け止めた。

 鋭い羽の一撃が彼の肩を貫き、地面に倒れ込む。

 「カイッ!」

 レイの叫びも、ミラの悲鳴も、風にかき消される。


 しかしカイは、倒れながらも敵を引き寄せ、仲間に安全な隙間を作ったのだ。

 その背中に刃を受けながら、彼は歯を食いしばり、前方の仲間たちを守る。


 「ミラ……俺は……もう長くない……でも……お前たちを信じている……」

 弱々しくも微笑む声。仲間の盾となり、最後まで守り抜いた犬族の戦士。


 レイは駆け寄り、剣を構えたままカイを抱きかかえる。

 「そんなこと言うな……絶対にお前を守るって誓っただろ!」

 涙が頬を伝い、土に落ちる。


 カイの瞳が一瞬、遠くを見つめるように光った。

 「俺は……お前たちの未来に……賭ける……だから……行け……」

 その声は風に消え、体はゆっくりと力を抜いた。

 しかしその眼差しは、戦士としての誇りと意志を最後まで宿していた。


 ミラは震える手でカイの肩を握り、涙で声を震わせる。

 「行かせない……行かせないよ……!」


ミラの声は震え、砂塵の中でかすかにこだました。

 その声に、風が答えるかのように止まり、戦場の喧騒が一瞬静まった。

 倒れたカイの胸に残る温もりを、ミラはそっと手のひらで感じる。

 涙が頬を伝い、土に落ちる。その落ちる一滴さえも、戦場の緊張を和らげるかのようだった。


 遠くで羽音が微かに響く。戦いはまだ続いている。

 だが、その中で、カイの存在は静かに、確かにミラたちの心に残っていた。

 悲しみと痛みの中に、守られたという確かな感覚が、胸の奥でじわりと温かさを広げる。


 そして、ミラの瞳は静かに決意に染まった。

 「カイ……あなたの意志は、絶対に無駄にしない……」


レイは拳を握りしめ、心の奥底で誓った。

 「カイ……お前の意志は、俺たちが必ず継ぐ……!」


 仲間たちの目に、怒りと悲しみ、そして決意が燃え上がる。

 ミラも声を震わせながら戦士たちに叫ぶ。

 「悲しむ時間はない! 立ち上がれ! カイのために! 未来のために!」


 新世代兵士たちは、涙と悲しみを胸に刻み、固い決意で前を見据えた。

 ――仲間の犠牲を力に変え、未来を背負う戦士たちの戦いが、再び動き始めた。

 そして戦場の空気は、カイの勇敢な行動を記憶し、戦士たちの意志をさらに強く結びつけた。

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