第29話 禁忌の議論
ミラが涙を拭い、震える声で未来のビジョンを語り終えたとき、遺跡の広間は重い沈黙に包まれていた。
黒い球体はただ静かに鎮座し、まるで彼らの答えを待っているかのようだった。
最初に声を発したのは、犬族のカイだった。
「破壊するべきだ。この兵器が残っている限り、誰かが必ず使おうとする」
その瞳は鋭く、未来を見据えるように光っていた。
しかし、リザード将軍は首を振る。
「簡単に壊せるものではない。これは旧人類が最後に造り出した“知識の結晶”だ。力だけでなく、過去の記録も眠っている可能性がある。破壊は愚かだ」
「だが、その力が再び戦争を生むなら!」
カイが牙を剥くように声を荒げると、将軍も負けじと尾を振り、床を強く打った。
「戦争はすでに起きている! 力を封じてどうする! 知識を知らねば、また同じ過ちを繰り返すだけだ!」
その間に、猫族の長老が静かに口を挟んだ。
「……封印し直すのはどうだ? 場所を変え、誰も触れぬようにすれば……」
だが、ミラは首を振り、力なく笑った。
「封印なんて無意味……。私が触れてしまった。なら、他の誰かもいつか触れてしまう。未来は繰り返される……」
その言葉に場はざわめいた。
レイは沈黙を破り、皆を見渡した。
「……俺は、まだ結論を出せない。だが一つだけ確かなことがある」
全員の視線が集まる。
レイは剣を握る手に力を込め、静かに言葉を紡いだ。
「この兵器をどうするかを決められるのは、俺たちだけじゃない。ミラが見た未来にあったように――次の世代、ミラたち子どもが背負うことになる」
ミラは目を見開き、胸を押さえた。
彼女の心に響いたのは、かつてレイが語った「未来は選べる」という言葉だった。
その時、リザード女王が一歩前に出た。
「……ならば、この場で結論を急ぐ必要はない。兵器は今しばらく我らの手で守ろう。ただし、使うことも、完全に封じることもせず――未来の子らに託す」
重苦しい沈黙が再び落ちた。
誰もが納得したわけではなかったが、誰も決定的な反論を口にできなかった。
ただ、ミラの胸の奥にはまだ、未来のビジョンの残滓が焼きついていた。
――燃え上がる戦場。血に染まる仲間の姿。
それを変えられるのか、変えられないのか。
答えは、まだ遠い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます