第15話 黒き女王の影

 夜の森を、不気味な轟音が切り裂いた。

 地面が震え、木々がざわめき、獣たちが一斉に逃げていく。


 「……来たな」

 カイが牙を剥き、耳を後ろへ伏せた。


 見張り台から戻った若者が、息を荒げながら叫ぶ。

 「大軍です! 爬虫族が何百と、こっちへ!」


 コロニーに緊張が走った。女や子どもたちが避難所へと急ぎ、男たちは武器を手に取り集まっていく。焚き火の炎が、彼らの不安を映し出していた。


 レイは剣を握りしめ、胸の奥に昼間見た将軍の記憶がよぎった。

 (あの将軍でさえ、女王に縛られていた……今、迫っている軍勢も同じなのか……?)


 やがて森の向こうから現れたのは、暗闇を切り裂く松明の群れだった。

 その先頭に立つのは、黄金の瞳を持つ女王。夜の闇よりも冷たい鱗が月光を反射し、森全体を圧するほどの存在感を放っていた。


 「……人間。生き残りども」

 その声は耳に届くより早く、心を直接打った。コロニー中の人々が思わず身を縮め、息を詰まらせる。


 「お前たちの進化は……許さぬ」


 女王の声は冷酷だった。まるで未来そのものを握り潰そうとするかのように。


 「レイ!」

 カイが吠えた。「あの声……お前なら届くかもしれない!」


 レイは額に汗を浮かべ、女王の瞳を見返した。

 心を開こうとした瞬間、胸を抉るような痛みが走った。

 ──恐怖。怒り。支配欲。

 それは女王の意識の奔流だった。


 「人間は傲慢だ。必ず我らを滅ぼす。だから先に……滅ぼす!」


 レイは片膝をつき、歯を食いしばった。

 (違う……俺たちは……そんな未来を望んでいない!)


 背後で子どもの声が響いた。

 「レイ……がんばって」


 振り返ると、あの異常に成長した少年が立っていた。

 小さな瞳がまっすぐレイを見て、心の声を放った。


 ──「女王にも……届くよ」


 その瞬間、レイの胸の痛みがすっと和らいだ。

 女王の金色の瞳が、わずかに揺らいだように見えた。


 しかし次の瞬間、女王の尾が振り下ろされ、森を揺るがす轟音が響いた。

 戦いは、避けられなかった。

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