第13話  女王の影

 巨躯の影が再び襲いかかる。リザード将軍の尾が地を薙ぎ払い、周囲の木々がなぎ倒されていった。土煙が視界を覆い、耳をつんざく咆哮が森を揺らす。


 「レイ! 避けろ!」

 カイが叫んだ瞬間、私は地面を転がるようにしてかわし、辛うじて尾の直撃を免れた。だが、衝撃波だけで肺が潰れそうになる。


 剣を構え直すが、その巨体を前にすれば自分の存在などあまりに小さい。恐怖が胸を締めつける。

 そのとき――また、あの感覚が来た。

 リザード将軍の心が、炎のように流れ込んでくる。


 ――「人間は、女王の命により滅ぼさねばならぬ」

 ――「哺乳類は、我ら爬虫族にひざまずくしかない」


 女王? 誰だ……?

 断片的なイメージが脳裏に閃く。巨大な影、冷たい眼差し……それは爬虫族の支配者の存在を示していた。


 「レイ! まだ繋がってるのか!」

 カイの声に私は頷く。

 「将軍の心が見える……あいつもただの化け物じゃない。命令に従ってるだけだ」

 「なら……倒すしかない。だが、殺すだけでいいのか?」

 カイの声は低かった。彼もまた迷っていた。


 リザード将軍が巨腕を振り下ろす。私は剣を振り上げ、必死に受け止めた。火花が散り、腕が痺れる。

 「うぉおおおっ!」

 反撃に剣を突き出す。鱗を裂き、赤黒い血が飛び散った。

 将軍の咆哮が森を震わせる。


 その瞬間、再び心がぶつかった。

 ――「苦しい……だが、退けぬ……女王の命が……」

 私は息を呑んだ。

 「お前……命令に縛られてるのか?」

 言葉を口にしたのではない。心の底から問いかけるように、意識を放った。


 すると、一瞬だけリザード将軍の瞳が揺らいだ。

 「レイ、今だ!」

 カイが飛びかかり、将軍の腕に噛みついた。鋭い牙が鱗を割り、巨体がわずかに傾ぐ。


 私はその隙に剣を振り下ろした。

 だが――胸を貫く直前で、手が止まった。


 「……やめろ……!」

 頭の奥に、叫びが響いた。リザード将軍自身の声だ。

 ――「殺してはならぬ……女王に支配されているのは我らだけではない……」


 私は息を呑み、剣を逸らした。刃は将軍の肩口を裂き、巨躯は地に崩れ落ちる。

 土煙の中、将軍は苦悶の声を上げながらも、かすかに笑ったように見えた。


 「レイ……」カイが駆け寄る。「なぜとどめを刺さなかった」

 私は震える声で答えた。

 「聞こえたんだ……奴の中に……俺たちと同じ“意志”がある。敵じゃない。操られてるだけなんだ」


 将軍は血にまみれた口を開き、かすれた声を漏らした。

 「……人間……哺乳族よ……女王を……止めよ……それが……唯一の……」


 言葉はそこで途切れた。意識を失った巨躯が大地に沈む。


 重苦しい沈黙の中で、私は剣を見つめた。

 「……カイ、分かった。俺たちの敵は、この将軍じゃない。真の敵は“女王”だ」


 狼犬族の瞳が鋭く光る。

 「なら、次に戦うべき相手は決まったな」


 森に吹き込む風が、戦いの終わりと新たな始まりを告げていた。

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