第12話 リザード将軍
その日は、森の空気がいつもと違っていた。鳥のさえずりが消え、風の音すら重苦しく聞こえる。カイが鼻をひくつかせ、低く唸った。
「レイ……匂うぞ。鉄の匂いだ。血と、爬虫族の臭いが混じってる」
私は剣を握る手に汗を感じながら頷いた。予感はあった。だが、これほど早く来るとは思っていなかった。
突如、森の奥から轟音が響いた。大木がなぎ倒され、土煙の向こうから姿を現したのは、巨躯の影。
鱗に覆われた腕、鋭く光る双眸。爬虫族の戦士たちの先頭に立ち、地を揺らす足取りで迫る存在――それが「リザード将軍」だった。
「ひぃっ……!」
人間の仲間の一人が後退りする。次の瞬間、リザード将軍の尾がうなりを上げた。
ドゴォン!
衝撃で数人が宙を舞い、木々に叩きつけられた。骨の砕ける音が耳に残り、背筋が凍る。
「下がれ!」
私は叫び、前に飛び出した。剣を構え、巨体の前に立ちはだかる。
「レイ! 無茶だ!」
背後でカイの声が響く。それでも、引けなかった。
リザード将軍の咆哮は、地を揺るがした。振り下ろされる腕を剣で受け止めた瞬間、全身が痺れるほどの衝撃が走る。まるで岩を相手にしているようだった。
「ぐっ……!」
押し潰されそうになりながら、必死に踏ん張る。
その瞬間、奇妙な感覚が走った。
目の前の巨躯から、黒い波のようなものが私の胸へと流れ込んでくる。
――「人間は、滅ぼさねばならぬ……」
その声は言葉ではなかった。心の奥底に直接、焼き付くように響いた。
「な、何だ……? これは……!」
私は思わず剣を引き、よろめいた。
「レイ! どうした!」
カイが駆け寄り、私の腕を支える。震える声で私は言った。
「今……聞こえたんだ。あいつの心が。『人間は滅ぼさねばならぬ』って……!」
カイの耳がぴくりと動く。
「心……? 爬虫族の……?」
「そうだ……確かに聞いた。言葉じゃない。直接、心の声が……」
信じられない。人類の子どもたちが動物と心を通わせ始めたのは知っていた。私自身、カイや他の仲間と断片的に繋がる感覚を体験してきた。
だが、まさか――敵である爬虫族の意識にまで触れるとは。
リザード将軍は再び咆哮し、尾を振り回す。私は身を翻してかわした。木々が次々とへし折れ、土が舞い上がる。
「……カイ。俺たち、人間は……変わってきてるんだ。哺乳類だけじゃない。爬虫族にさえ……」
「レイ、お前……本当に聞こえたのか?」
「嘘じゃない。ほんの一瞬だけど、奴の憎悪が、俺の胸に突き刺さった」
カイは険しい目をしながらも、小さく頷いた。
「もしそれが本当なら……人間は、もうただの人間じゃない。何か……別の存在に変わろうとしているのかもしれないな」
私は剣を握り直し、迫り来るリザード将軍を見据えた。
「なら、確かめるしかない。俺たちの力が、世界を繋ぐものなのか……それとも、さらなる争いを呼ぶのか」
巨躯と小さな人間。その狭間で、戦いはまだ始まったばかりだった。
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