第9話  カイとの出会いの森

その日、森の奥に重苦しい風が漂っていた。

 人の集落から、一人の娘が猿族に攫われたという知らせが駆け抜け、村人たちの顔は恐怖と怒りで固まっていた。


 レイはまだ若かったが、迷わず救出隊に志願した。

 彼の胸にはただ「見過ごせない」という衝動があった。人も獣も、この世界ではいつ奪われてもおかしくない。だからこそ、誰かが動かなければならない――その思いだけが、彼を森へと駆り立てた。


 森は深く、猿族の気配は音もなく忍び寄っていた。枝が揺れ、影が走るたびに仲間たちの緊張は高まった。

 そんなときだった。レイの前に、毛並みの荒れた犬族の若者が姿を現した。


 「人間の隊か……ここで何をしている」

 低く唸るような声。鋭い牙がちらりと見え、隊の者たちは一歩退いた。


 だがレイだけは視線を逸らさなかった。

 「攫われた娘を探している。……お前は?」


 犬族の若者は一瞬、目を細めた。敵意を測るように、そして試すように。

 「俺はカイ。猿族に縄張りを荒らされた。奴らを追っている」


 互いに事情を知ったとき、沈黙が流れた。人と獣は長く対立してきた。信じることは裏切りに繋がるかもしれない。

 だが次の瞬間、森の奥から娘の叫び声が響いた。


 レイとカイは同時に駆け出した。言葉より先に、同じ方向へと体が動いていた。


 茂みをかき分け、猿族の群れと鉢合わせる。牙を剥く猿たちに囲まれたその中心で、娘が縄に縛られて震えていた。

 カイは吠え声を上げ、群れに飛びかかる。レイも剣を抜き、肩を並べて応戦した。


 背中合わせに戦ううち、互いの呼吸が合っていくのを二人は感じた。

 一人では届かない一撃も、二人なら切り抜けられる。牙と剣は見事にかみ合い、やがて猿族は怯えて森へと逃げ散った。


 縄を解かれた娘が泣きながらレイの腕にしがみつく。

 その横で、カイは荒い息をつきながらも誇らしげに尾を振った。


 「……助かったな」

 レイが言うと、カイは短く笑った。

 「悪くない相棒だ、人間」


 敵であったはずの犬族と人。

 その出会いは、ただの偶然ではなかった。そして今、二つの種族は互いに協力し合う種族となった。

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