第6話  試される絆

霧の森は、再び深い沈黙を取り戻していた。

だが、仲間たちの胸に残る鼓動はまだ激しく、耳鳴りのように鳴り続けていた。アリアの肩から血が流れ落ち、レイは裂いた布で急ごしらえの止血を施した。


「……大丈夫か?」

「ええ、なんとか。すぐには死なないわ」

アリアが苦笑する。その声にわずかに緊張が解け、仲間の数人が胸を撫で下ろした。


彼らがこの森へ入ったのは、コロニーを守るためだった。

干ばつで食糧が底をつき、さらに熱病が流行りかけていた。薬草を探し、狩りを成功させなければ、子どもや老人たちは冬を越せない。

だからこそ、命を賭けてでも森に足を踏み入れるしかなかったのだ。


その時だった。

【 ――人の子らよ 】


森の奥から、低く、湿った風のような声がテレパシーで響いた。

振り返ると、木の上からフクロウが音もなく羽ばたき降りてきた。


【 この先には、爬虫属の巣がある。足を止めれば狙われる。西の沢へ回れ 】


森に棲む仲間――鳥属の少数派で、ホモサピに好意を寄せる存在だった。彼らは直接の会話は難しいが、ごく一部だけが断片的に意思を伝えてくれる。

レイは頭を下げ、心の中で返す。【 助かる 】


さらに耳の奥に、懐かしい声が広がった。

【レイ、聞こえるか? 】

コロニーの長老の声だ。遠く離れていても、強いテレパシーなら霧を越えて届く。

【森はお前たちを試す。だが仲間を信じろ。ここに残る者たちも、お前たちを信じている 】


その言葉に、レイの胸の奥がじんわりと熱を帯びた。

「……俺たちは一人じゃない」

小さくつぶやくと、隣で犬族のカイが喉を鳴らした。


【 群れとはそういうものだ。背中を預け合うから、生き延びられる 】


仲間の視線が自然と集まり、互いにうなずき合う。

傷を負い、恐怖を知った。だが同時に、繋がりの強さを確かめた瞬間でもあった。


「行こう」

レイが前を向く。霧の奥、まだ見ぬ危険が待ち受けている。

しかしその背には、仲間の絆とコロニーからの信頼が重なっていた。


彼らは再び歩み出す。

森は牙をむくが、同時に囁きも与える。

その両方を抱えながら、人の子らは進んでいく。




森の奥へと分け入ってから数時間。

レイとカイは息を合わせ、斥候のように周囲へ気を配りながらも、徐々に疲労を感じ始めていた。


「……あった、薬草だ」

カイが低く声をあげ、根の部分に薄い青緑の光を帯びた草を見つけた。

森の湿り気の中でも強く発光しており、まるで自ら存在を誇示しているかのようだ。


「癒しの葉……! これがあれば、少しは治癒が楽になる」

レイは思わず安堵の息をもらした。アリアの肩には先ほどの爬虫属との戦闘で受けたかすり傷がまだ残っており、放置すればじわじわと毒素が回る恐れがある。


近くでは小型の獲物も姿を現していた。長い耳を持つ獣が、二人の存在に気づかぬまま、水辺で無心に水を飲んでいる。

レイが弓を引き絞り、音もなく放った矢は、その心臓を正確に貫いた。


「……やっと、一息つけるな」

カイが草を摘み、レイが獲物を肩に担ぎ上げる。

安堵が胸を満たし、わずかに表情が緩む。


だが、次の瞬間――


――ガサッ。


森の木々が一斉に揺れ、湿った枝葉の上から無数の影が飛び降りてきた。

黄色く濁った眼を持ち、全身を黒い毛で覆われた猿族たち。

鋭い牙をむき出しにし、金属を打ち鳴らすような奇声を発して襲いかかる。


「猿族だ……!」

カイの声と同時に、四方から枝が折れ、牙と棍棒が迫った。

その数は十を超えている。


レイは即座に弓を構え、矢を放った。一本、二本と正確に射抜かれた猿族が倒れこむ。しかし仲間を失った猿族は逆に狂気じみた咆哮を上げ、さらに素早く飛びかかってきた。


「ちっ、数が多すぎる!」

カイは短剣を逆手に構え、レイの背中を守るように立ちはだかる。

彼らのテレパシーが交錯する。


――右から二体! 任せろ!

――了解、左は俺が抑える!


見えない言葉が瞬時に交わされ、二人の動きは呼吸のように重なる。

だが猿族の連携も侮れなかった。枝を伝い、上から飛びつき、土を蹴り上げて視界を奪う。


「うわっ!」

一体がレイにしがみつき、腕に深い傷を負わせた。

鮮血が飛び散り、地面に赤い斑点を描く。


「レイ!」

カイがすかさずその猿族を短剣で斬り払うが、周囲にはまだ敵が群れを成している。


初めて味わう「森の過酷さ」が、全身を突き刺すように迫ってきた。

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