第5話  森の試練

木々のざわめきが止み、霧の森が一瞬、息を潜めたように静まり返った。

次の瞬間、モスキート属の鋭い翅音が爆ぜるように響き渡り、群れが霧を裂いて突っ込んできた。


「来るぞ!」

レイが枝を槍に構えると同時に、最初の一匹が空から落ちかかる。枝を振り抜いて羽根を裂くが、巨体はなおも地面に叩きつけられ、脚をわめき散らすように振り回してきた。


アリアが短剣でとどめを刺そうとした瞬間、別の個体が彼女の肩に噛みついた。

「――っ!」

血が飛び散り、アリアが短く叫ぶ。


「アリア!」

レイは咄嗟に飛びかかり、枝で昆虫の顎を叩き割った。モスキートは甲高い声を上げ、羽をばたつかせながら後退する。だがその間にも、新たな群れが霧の中から次々と姿を現していた。


「数が多すぎる!」

仲間の一人が叫ぶ。

だが森の奥からテレパシーが飛んできた。

【 怯えるな、人の子らよ。背を守ってやろう】

狼の低い声とともに、木の影から灰色の影が飛び出した。牙が光り、モスキートの羽根を噛み千切る。


犬族の援護を受け、ようやく群れは散っていった。

霧の奥に去っていく羽音が遠ざかり、森に再び沈黙が戻る。


レイは荒い息をつき、血のにじむアリアの肩を押さえた。

「しっかりしろ、傷は浅い……だが油断すればすぐ命を落とす」

アリアは苦笑しながらも頷く。「わかってる。……でも、ほんの入口でこれだなんてね」


その言葉に、誰もが沈黙した。

足を踏み入れたばかりの森――それだけで仲間は傷を負い、命を落としかけた。


レイは空を見上げる。高い枝の上、蛇のような冷たい光が彼らを見下ろしていた。爬虫属だ。まだ攻撃はしてこない。だが確かに、値踏みする捕食者の目だった。


「森は……生きている。俺たちを試している」

レイの低い声に、誰も反論はしなかった。


彼らはまだ、旅の最初の一歩を踏み出したに過ぎない。

それなのにすでに、森は牙を見せ、血を流させてきた。

生存のための戦い――それがどれほど過酷なものになるのか、誰もが痛感していた。

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