第3話  コロニーを守る者

血に濡れた槍を引き抜くと、レイは深く息を吐き出した。倒れたリザード兵の巨体はまだ微かに痙攣している。だが動けはしない。


{戻ろう、レイ}

 カイの低い思念が響く。

{ここは奴らの縄張りだ。長居すれば群れが来る}


「ああ……分かってる」

 レイは頷き、槍を肩に担いだ。二人はすぐに森を駆け出す。足音を殺し、闇を縫うように進む。背後からは、爬虫属の仲間が唸り声をあげているのが遠く聞こえた。


 やがて、視界に土塀と木柵に囲まれたコロニーが現れる。見張り台の上で弓を構えていた仲間たちが、二人の姿を確認すると手を振った。


「レイだ!戻ったぞ!」

「カイも一緒だ!」


 木の扉がきしみをあげて開き、レイとカイはその中へ駆け込む。背後で扉が重く閉じられると、ようやく胸の奥の緊張がほどけた。


 ――コロニー。

 人々の暮らす小さな共同体。木や土で築かれた家々が並び、古い鉄筋コンクリートのマンション跡地を修復した共同住居もある。井戸の水を汲む音、子どもたちの笑い声、焚き火の煙。外の世界とは違い、ここには確かな「日常」があった。


 レイの姿を見つけ、仲間たちが駆け寄る。

「無事だったか!」

「爬虫属を倒したって本当か?」

「さすがだな、レイ!」


 口々に声が飛ぶが、レイは笑みを見せる余裕もなく、ただ頷いた。

「カイがいなきゃ、死んでた」

 そう答えると、狼犬カイは鼻を鳴らし、尾をひと振りした。


 そのとき、小さな足音が土を叩いた。

「お兄ちゃん!」


 振り向くと、まだ三歳ほどの妹ミラが駆けてきた。短い手足を一生懸命動かし、転びそうになりながらも笑顔で。


 ミラは、早産でこの世に生まれた。普通なら生き延びられないはずだった命。しかし彼女は不思議なほどに強く、成長も早い。今ではもう、大人顔負けのはっきりした思念でレイに語りかけてくる。


{お兄ちゃん、怖かった……爬虫族の気配がしたんだよ}

「……ミラも感じたのか?」

{うん。でも、もう大丈夫だね}


 幼い心にしては強すぎる感覚――それが、レイには少し不安でもあった。だが妹が無事に笑っていること、それだけで胸の奥が温かくなる。


 焚き火の周りでは、他の子どもたちが歌いながら木の実を分け合い、大人たちは森から持ち帰った獲物や薬草を仕分けていた。

 ここでは誰もが役割を持ち、助け合って生きている。


 レイは深く息をつき、カイの毛並みに手を当てた。

「ここが、俺たちの守る場所だ」

{ああ。だからこそ、もっと強くならなきゃな}


 カイの思念に、レイは力強く頷いた。

 だが彼らはまだ知らない。森の奥で動き出した影――昆虫属の女王モスキートが、次なる襲撃の準備を進めていることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る