リバースワールド-逆転の大地-
亜香里
第1話 逆転の大地
それは、はるか昔のことだった。
人間――ホモ・サピエンスが世界の頂点に立ち、都市を築き、空を飛び、海を渡り、火と鉄を自在に操っていた時代。だが、彼らはその知恵を誤って使った。
無数の火柱が大地を裂き、空を焼き、海を毒に変えた。核の炎は一瞬で文明を崩壊させ、続く放射能と変異が、地球の生態系そのものを逆転させた。
――そして、数千年。
この世界では、かつて「小さき者」と呼ばれた存在が覇権を握っている。
昆虫族は人間の背丈を超える巨躯に進化し、羽音ひとつで空を支配する。毒針や鋭い顎は、最強の武器だ。彼らは群れをなし、女王のもとで軍勢を築き上げた。
次いで地上を支配するのは爬虫族。リザード将軍に象徴されるような知性ある者も現れ、冷血な支配を拡大している。
対して哺乳類と鳥類は弱者へと転落した。獲物となり、追われ、捕食される存在。人間も例外ではない。
ホモ・サピエンスは今や、わずかに点在するコロニーで暮らすだけの種族となった。
木や土で編んだ家、時に古びたコンクリートの廃墟を住居とし、高い塀で囲んで外敵を防ぐ。平均寿命は三十年。赤子は五ヶ月で生まれ、数年で大人となり、早すぎる死へ向かう。
それでも彼らは生きることをやめない。
なぜなら――知恵が残されているからだ。
彼らは声だけでなく、心で語り合う。テレパシーは哺乳類同士を結び、森の仲間たちから外敵の気配を受け取ることもある。犬や猫とは時に対等の友となり、共に狩り、共に眠る。
だが外の森は常に危険と隣り合わせだった。
昆虫族の羽音が夜を震わせ、爬虫族の視線が暗闇からじっと見下ろす。猿族に攫われ、奴隷とされる仲間も少なくない。
それでも人類は――願っている。
再び頂点に立ち、この逆転した世界を取り戻すことを。
炎に呑まれたかつての地球は、いまや「リバースワールド」と呼ばれている。
弱き者が強く、強き者が弱い。
その逆転の大地にて、人類の最後の戦いが始まろうとしていた。
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