第3話 オアシス都市

 学校の定期健診で引っかかって大学病院に呼び出し喰らった。そしてそこで精密検査を受けさせられて、やっと医師の説明のターンがやってきた。


「残念だけど、君は女神に魅入られてしまったね」


 僕の目の前にいる。男だか女だかよくわからないお医者さんはそう言った。名札には永田司と書いてある。どっちかまじでわかんねぇ。


「どういう意味です?」


「君の命は長くないってことさ。いずれ女神の下に身罷るんだ」


「それって死ぬってことなのか?!」


 永田先生はニヤリと笑う。そして長々と俺の病状を説明しだす。


「もうだめ。癌は全身に広がり、脳腫瘍で脳みそは爆発寸前、心臓もそのうち破れるだろう」


「え?なんとかならないんですか?!」


「なるよー」


「なんのかよ!」


 ノリが軽い。不謹慎にもほどがある。だけど希望があるならまだ許せる。俺は怒りを堪えて説明を聞く。


「コールドスリープにつくんだ」


「はぁ?」


「うん。ぶっちゃけ現代の医療じゃどうにもならない。未来の進歩した技術にかけるんだ」


「何言っちゃってんの?」


「大丈夫大丈夫。治験も兼ねてるからただで未来に行けるよ。こんな経験滅多にできないよ。お得じゃない?」


 やっぱり怒っていいかな?


「考える時間を」


「だめ。今決めろ。生きたい?死にたい?」


 永田先生は俺を真剣な眼差しで見詰めている。本気なんだ。嘘はそこにないと思った。


「生きたいです」


「じゃあ眠ろうか!なに!一瞬のことさ!未来はきっと素晴らしい世界が待ってるよ!」


 そして俺はアメリカにわたりコールドスリープについた。両親との別れは悲しかったけど、それでも生きたかったんだ。















「なのになんで俺はロボットなんかに乗ってんだろう?」


「どうかしたの?」


 日の照りつける砂漠をシャルウルを飛ばして俺たちは進んでいた。エステラ曰く近くに街があるからそこに逃げ込むのがいいとのことだ。


「いや。なんでもないよ。お?!おお!!」


「あれがオアシス都市の一つ、ミラジュ」


 砂漠の向こうから高層ビルの街並みが見えてきた。すごい大都会だ。ニューヨークなんて目じゃないくらいだ。


「こういうの見ると未来って感じだ」


「それなんだけど、今でも信じられないの」


「まあ俺だってそんなこと言われたら戸惑うよ。だけど確かに俺は大昔からコールドスリープでこの時代に目を覚ましたんだよ」


「コールドスリープはけっこう聞く話だけど、だって神代の遺跡の時代からって言われると……」


「その神代っていうのが俺にはぴんとこない。一体何があってニューヨークが砂漠の下に沈むんだよ。さっぱりだ」


 ポストアポカリプスならゾンビやろみたいなツッコミがしたくなる。だけど待っていたのは巨大ロボットである。あと女の人ばかり。男が少ないことはなんとなくわかったけど、俺を目当てに殺し合いが実際に発生したんだ。この世界の男って何よ?


『こちらミラジュ憲兵団。そちらの機体からは識別信号が出ていない』


 なんか通信が入ってきた。エステラがすぐに返事をする。


『こちらに敵対の意思はないです。都市への入港を希望します。駐車場を教えて。出来れば企業の信用できるところ』


『了解。ではそのまま座標231,471に向かえ』


『了解』


 通信はそれで終わった。


「あっさりだね。街に入れるの?」


「普通の都市なら別に制限はないよ。まあ観測庁のop値チェックはあるけど」


「なに?op値?」


「うん。でも形式的なものだから大丈夫」


 本当に大丈夫なのかな?まあいざとなったらシャルウルで逃げればいい。俺は楽観的に捉えることにしたじゃなきゃやってられない。










 シャルウルは憲兵団のリグハウンドたちの誘導でドックの一つに停まった。コックピットの前まで足場が伸びてきて止まる。俺たちはそこに降りる。


「ここは企業の経営している駐車場だから盗難の心配はないんだ」


 エステラがニット帽を脱ぎながら言う。


「無料駐車場だとまあすぐに盗られちゃうんだよね、自己責任で」


「そりゃ悲惨だね」


 未来の世界も世知辛いらしい。そして俺たちはシャルウルの背後にある受付に向かう。


「ところでなんで帽子脱いだの?」


「チェックの時に帽子被ってると観測庁のシスターが煩いの」


「シスター?」


「ほんとうにこの世界のこと何も知らないんだね。過去の世界かぁ」


 エステラが物思いに耽っている。そして俺たちは受付前についた。女性の憲兵がライフルを持ってゲートの前に立っている。それとなんだ?煌びやかな修道服の女性がいた。首元にはきらきらした輪っかのアクセサリーがきらめいている。顔はベールで隠されているが、そのベールには梵字のような何かが書いてあった。だけど読めない。


「汝らは光の門をくぐる資格はある者か?」


「はい。シスター」


 そういうとエステラが前に進む。そして天井から光の柱が降りてきて彼女を照らした。そしてシスターの前にウィンドウが浮かび上がった。


「観測確率、76.836%、分類、揺らぎ民」


 それを聞いて横にいた憲兵の女性がエステラを侮蔑的な笑みで見た。なんかこれ差別か何かっぽいな。気分が悪い風景だ。次に俺も前に進む。


「男?」


 シスターが首を一瞬傾げた。だけど声はとても冷たく平坦なままだ。


「男ですけど」


「……まあよい」


 そして俺もまた天井からの光の柱が照らした。きっと何かのセンサーなのだろう。引っかからないといいけど。天井の光を出す装置がなんかきゅいーんと低い音を一瞬出した。そしてシスターの前にウィンドウが現れる。そこにはこう書かれていたのが見えた。


ーーーーーーーーーー

観測確率、-∞i 分類 未定義 署名波 観測範囲外

ーーーーーーーーーー


 シスターが首を傾げる。そして次の瞬間ウィンドウに砂嵐が走ってブラックアウトする。


「はは!なんだ?バグか?ブラックベアかよ!」


 なにか不躾な目で憲兵に見られる。だがそれを遮るようにエステラが前に立ちはだかっていう。


「あなたの頭の方がバグってるんじゃないの?かれはちゃんと目の前にいるでしょ」


 エステラの眼光は鋭い。憲兵は少し後ずさった。そしてシスターの前のウィンドウが再びクリアになる。


「再観測完了。……値なし」


 なんすか値なしって。


「……故障か?まあよい。通れ」


 俺とエステラはゲートを通った。だけど気になったことがあった。あの光の柱が俺を照らした時、足元に影がなかったことを。













 ゲートの通過は本当に形式的なものでしかなかった。そしてすぐに通路の先に受付があった。


「駐車場を借ります。とりあえず十日分」


「わかりました。スマホを」


 スマホあんのかい!!エステラはポケットからスマホを出して、受付の端末に近づける。またウィンドウが空中に現れる。


------

駐車場使用代 10000霊貨

------


「高いね」


 エステラが渋い顔してる。受付のお姉さんはニコニコ笑顔だが。


「うちは信用が売りなので!でも洗車のサービスも込みです!」


「まあいいけど」


 スマホを俺も過去の世界で見たような決済端末にエステラはかざした。


「観測を結ぶ、我ここに署す」


 エステラが謎呪文を唱えた。すると端末とスマホが淡く光った。そしてチャリーンと音が鳴った。決済完了らしい。未来の世界だ!現金派だった俺にはすごく未来!そして俺たちは建物を出る。すぐ近くに路面電車が走っていた。


「あ、セイマの分のスマホないよね」


「……働いて返すから待っててほしい」


「ううん。別にいいよ。それに男の人が働くなんて変だし」


 その価値観がむしろよくわからない。男の方が働くのが普通なんじゃ?いやでも俺の時代でも女性の社会進出って言われてたし。俺たちはホームに立つ。そしてやってきた路面電車に乗り込む。決済端末にエステラがスマホをかざしていう。


「二人分、署す」


 やっぱり淡く光って、チャリーンって音が鳴った。そして電車は走る。運転手はいない。全自動のようだ。なんか他のお客さんにすごくじろじろ見られてる。エステラはきびしい顔をして、ライフルをちょっと持ち上げた。すると目線は外れた。


「武器って持ち歩いても大丈夫なの?」


「え?武装権は人民の権利だよ」


「……そうなの?」


「あーでも男の人は普通武器は持たないもんね」


 いや、なんかここら辺は文化が違う感じだ。アメリカとかの銃規制論争とかの世界観に近い気がする。路面電車は街の中を走る。外にはビル街があって人々が活気よくあるいていた。だけどみんな女の人ばかり。


「男が全然いねぇ」


「そりゃ普通はいないよ。たまにファミリアの婿さんかご子息さんが街を歩くこともあるけど、護衛はつくしね」


 その護衛も女性なんだろう。男は優遇されてるのかな?でもこの間は電池扱いとか言ってたわけで。ますますこの世界がよくわからない。そしてエステラに手を引かれた。ここで降りるらしい。俺たちは路面電車から降りて街を歩く。


「フード深くかぶって。男攫いとかに狙われるかもしれないから」


 エステラはライフルを片手に持ちながら、俺の手を片手で強く握る。守られてる。違和感を覚えるけど、ここは俺にとっては異郷なのだ。大人しくいよう。そしてエステラはホテルに入った。


「二人分、二等ルーム一室。ツインベット」


「はい。かしこまりました」


「署す」


 例によって端末が淡く光って決済は完了した。そして部屋に通される。部屋に入ってすぐに俺は外套を脱いだ。


「ふう。なんか緊張したよ」


「うん。わたしも。でもこれからどうすればいいのかなぁ」


 エステラは考え込んでいる。俺はそれを横目にベットに倒れ込む。そして何も考えないまま、すぐに眠りについた。

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