聖女、3分で退勤します(中身は社畜のおっさん)

蒼月 柚希

第1話 ……ピコン。残り三分です~女子高生裁判、判決は異世界行き~

「この人、痴漢ですぅ~!」


 毛先だけ赤い黒髪の女子高生が、いきなり俺の左腕を乱暴につかんだ。

 耳障りな甘ったるい声で叫びながら、ドヤ顔で俺を見上げている。

 周囲の侮蔑と嫌悪の入り交じったまなざしが、俺へと集中しているのが分かった。


『えん罪。ダメ、絶対。』


 「俺、乗った時から両手でつり革をつかんでいますけど?」


「私が“痴漢”だって言えば、そうなのよ!」


『女子高生裁判。判決:即・有罪?……だと?』


「嘘はバレますよ。――それでいいんですか?」


 正直、脳みその血管ブチ切れそうだが、あくまでも冷静を装うことに集中した。


 『この国の電車にはな、監視カメラがあるんだよ。ログを見れば秒でカタがつく……マジで世の中舐めすぎだろう!』


 でなければ、正直、ここまで冷静ではいられないのだが。


「ハア?私が痴漢って言ってんだから、あんたは大人しく慰謝料を出しなさいよ。5万で許してあげるわ!」


『このガキ、話が通じねぇ……。』


 そんな時である。


「嘘をついているのはそっちでしょう?」


 突然、女性の声が電車内に響き渡る。

 声がする方へ視線を向ければ。

 パンツスーツ姿と黒髪ショートヘアがよく似合う、知的眼鏡美人がそこにいた。

 

「あなたのやっていることは、誰がどう見ても犯罪よ。次の駅で映像を確認したら、一緒に警察へ行ってもらいます!」


 彼女の襟元には、中央に天秤てんびんが記されている金色のバッジがついていた。


『職業:弁護士とかマジ神。ホント助かる!』


 周りの人たちを見渡せば、完全に風向きが変わったことは理解できる。

 なぜなら今度は女子高生へと、疑惑の目を向けていたからだ。

 そんな中。


「私も、彼の無実を証言しますよ!」

 

 そう言って手を上げたのは、まるで彫刻のように整った顔立ちの、別次元の超絶金髪イケメンだった。


「ありがとうございます、助かります!」


 見ず知らずの俺を助けてくれる。

 正直、感謝しかない。


「はぁ~、やってらんない!」


 女子高生は悔しそうにそう吐き捨てると、きびすを返した。


「待ちなさい!」


 金髪イケメンが、女子高生をとっさにつかむ。


 ――と、そのとき。

 床が白く焼けるように光り、視界が飽和した。


 瞬きをした瞬間……。


 目の前の光景が、一気に変わった。

 そこは、薄暗い石に囲まれた部屋だった。

 床を見れば、焦げ跡が円と紋様もんようを描いている。

 周りを見渡せば、知らないローブの集団がいた。


「やったー!」


 泣き笑いしながら抱き合っている。

 部屋は歓声で満ちていた、そんな中。


「あの人です!」


 突然、聞き覚えのある女の声が、耳に届く。

 

「あの者を捕らえよ!」


 若い男の鋭い声が、部屋中に響き渡ると同時に、他の声がピタリと止まる。

 同時に俺の周りに集まったのは、中世の騎士のような甲冑かっちゅうを着込んだ連中。

 あっという間に俺は取り囲まれ、鋭い武器の矛先を向けられた。


 嫌な予感しかしなくて、声のする方を見てみれば。

 あの迷惑な痴漢えん罪女子高生が、そこにいた。

 アニメに出てくる貴族みたいな格好をした、赤髪の男と共に。

 どうやら彼が、先ほどの声の主らしい。


「あの人、私にひどいことをするんですぅ~。わたしぃ~、阿合真理子あごうまりこっていいますぅ~。マリリンって呼んでくださぁ~い。」


 キモイぶりっこな甘ったるい声で、赤髪の男に訴えるえん罪女子高生。

 赤髪の男は、汚いものを見るような目で俺を見ると。


「なぜ下賤が紛れ込んでいる?」


 とても失礼なことを言ってきた。

 

『おまえどんだけ偉いの?ってここドコ!?』


 赤髪の男は、黙っている俺を見下ろし、馬鹿にしたように“フンッ”と鼻を鳴らすと。


「マリリンの毛先と、私の髪の色が同じだ。コレは、きっと運命なのだ!ちなみにそこの男は、サクッと首でも落としておけ!」


 と興奮気味に、周りに意味不明なことを言い放った。


『は?サクッと首落とすって。「ちょっとそこの木の枝を切っといて!」 みたいなノリで?って首落とす対象、俺!?』


 ついさっきまでえん罪逆転劇で、あんなにラッキーだったのに?

 あれか?

 俺の一生分の幸運、全部使い切ったのか?


 否。

 まだ、使い切ってはいなかったようだ。


「バン!!」


 という大きな音とともに、部屋の扉が乱暴に開かれた。

 気がつけば、金髪碧眼きんぱつへきがんの騎士が、俺をかばうように背中を向けて立っている。

 騎士は、赤髪の男に向かって。


「彼は第一騎士団で保護いたします。」


 それだけを言い放ち、気づけば俺を安全な場所へと、連れて来ていた。

 恩人である彼の名は、リュシアン・ホーフェン。

 この国、ルーディエンス王国の、第一騎士団長をしているらしい。

 この爽やか金髪イケメンには、正直感謝しかない。

 ちなみに赤髪の男は、この国の第一王子なのだという。

 名前は、ギルベルト・ルーディエンスというらしい。

 

「サトゥー殿。不便をかけて大変申し訳ないのだが、国王が帰ってくるまで、我々の指示に従ってもらえないだろうか?」


 この世界では俺の名前=佐藤涼介さとうりょうすけは、発音が難しいらしい。

 ちなみにあのクソ女の名字は、「阿合あごう」が「アフォ~」だからな。

 いい気味だ!


「はい。こちらこそありがとうございます。あの女の言うことを鵜呑うのみにしないでもらえて、助かりました。」


 感謝の意を込めて深くお辞儀をする。


「身分や容姿目当ての嘘は山ほど見た。だから、警戒もするさ。」


 彼の言葉には、呆れと疲れがにじみ出ている。

 意味ありげに、そっと足元に視線を落としたホーフェン騎士団長は、哀愁の漂う、男の色気だだ漏れの超絶イケメンだった。


「これだけのイケメンだと、女性問題多そうですよね。」


 なんて、冗談混じりに言っただけなのに……。


「分かるのか!」

 

『アレ?俺、言葉の選択間違った!?』


 何が彼をそうさせたのか?

 突然始まる、騎士団長の女難の歴史物語。

 赤子の頃から、誘拐未遂は当たり前。

 身分に関係なく、襲われそうになったことは数知れず。

 送られてくるものといえば、鉄臭い血判付きの婚姻届に、生爪や大量の髪の毛の入った手紙等々。

 お茶会や晩餐会ばんさんかいなどに行けば、毎回“睡眠薬or媚薬びやく時々毒薬ガチャ”に会う。

 次から次へといまだ止まることなく、まるで無限に湧き出る泉のように話題が尽きないホラー苦労話。

 気がつけば、すでに真っ暗になった空には、星が瞬いてる。


「ああ、もうこんな時間か。どうしてだろう?リオスク涼介?とは今日が初対面のはずなのだが。俺たちはよほど、気が合うらしい。」


――その笑顔、女性の前では絶対しない方がいいと思います!――


 気がつけば、お互いを名前で呼び合う仲になっていた。

 ちなみに俺は彼のことを、愛称である“シアン”と呼んでもいいらしい。


 夕食は、ちょっと固いパン。

 そして、何かの固い肉のステーキに、サラダとスープだった。

 おいしかったのだが、シアンにもらった友情の証?の指輪の紫色の石が、食事中ずっと光っているのは、少し気になるところだ。

 最近徹夜続きだったからなのか、シアンの女難話で緊張がほぐれたからなのか。

 久々に朝まで、ぐっすりと眠ることが出来た。


 翌朝。

 目を覚ますと、窓がごっそり外され、職人たちが新しいガラスをはめ込んでいた。


 「おはようございますー……って、夜中に何かあったんですか?」


「いえ、まあ……ちょっとしたことです。」


 職人は、なぜか視線を合わせず、駆け足でいなくなった。


 その後。

 昼過ぎにシアンがやってきたので、指輪のことを伝えたところ。


「身を守るため、指輪は絶対に外さないでほしい!」


 そう言い放つなり、険しい表情でどこかへ行ってしまった。

 

 この指輪って、俺を守ってんの?

 指輪の石が光るたびに、護衛の騎士の顔面が、真っ青になるんだけど!?

 そのたびに、護衛につく騎士が、一人、また一人と増えていくんだけど!?

 

 騎士団員は皆、気さくないい奴らばかりである。

 俺のために生活魔法や文字、通貨の使い方や簡単な護身術まで教えてくれるし。

 正直、ありがたい存在なのだ。


 さらに次の日。

 目が覚めると、床は一面水浸しで壁には無数の穴が開いており、ドアは粉々になっていた。


「おはようございます。もしかして、リフォームですか?」


 昨日と違う職人は、俺を見るなり空を見上げる。


「え?ええ、まあ……。」


 それだけ言うと、視線を合わせることなく、足早にいなくなった。


『やっぱりそうかぁ。気を遣わせてるのかな?俺』


 さらに次の日の朝。

 目が覚めると、大がかりな屋根の差し替えが行われていた。


『今度は屋根替えかあ。いつ完成するのかなあ?』


 こんな感じで連日、俺の部屋だけがリフォームされる中、気がつけば2週間が経過していた。


 そしてついに、国王夫妻が帰還したらしい。

 俺は、王の間へ半ば強制連行されて、今、ここにいる。


 王子と同じ真っ赤に燃えさかる髪色をした、威厳バッチリの国王。

 隣にいる王妃は、穏やかな感じの美人だ。

 

 二人は俺の姿を確認するなり、息ぴったりに玉座から立ち上がる。

 それから流れるように床に正座して、上半身を折り曲げ、床に額をこすりつけた。


 日本のお家芸うちげい、『土下座』である。


 二人の姿を確認した周りにいる貴族たちも、次々と土下座をしていく。

 この部屋に入って数分で、なんともカオスな光景ができあがった。


『は?異世界土下座祭り開幕!?』


『それともお偉いさんのドミノ倒し?俺、どうしたらいい?』


――王と貴族が一斉に土下座――理由は22:00。

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