第二章 恋の歌、悲しき微笑

明くる日も、彼女は本殿にいた。


秋桜色の衣に身を包み、昨日のように本殿を睨むこともなく、虚ろな瞳で何かを口ずさんでいた。




「……わかれても末に、逢はむとぞ思ふ。」




声をかけるべきか、僕は戸惑った。


彼女があまりにも悲しそうで、遠い誰かを見つめているように見えたから。




立ち尽くしているうちに、彼女がこちらに気づいた。




「こんにちは。」




微笑みながら声をかけてきたその顔は、笑っているはずなのに、なぜか泣いているように見えた。




「昨日ぶりだね。歌を詠んでいたの?」




「ええ。」




「何の?」




「この世で一番素敵な恋の歌よ。」




恋の歌なのに、どうしてそんなに悲しそうなのか。そう問いかけたくなったが、不躾だと思い、咄嗟に別の言葉を探した。




「歌が好きなの?」




「贈られるのがね。」




「その歌も、誰かに贈られたものなの?」




彼女は答えなかった。




「ここは縁結びの神社なんだから、恋の歌を選んだだけよ。」




「でも君は、参拝はしないよね。」




「桔梗。」




「え?」




「君、じゃなくて。桔梗よ。私。あなたは?」




突然名前を告げられ、さっきまで彼女が問いをはぐらかしていたことも忘れ、思わず答えていた。




「僕は柊。」




その後は他愛のない会話をして、やがて桔梗は帰っていった。




――背の痣が、仄かに紅く染まり始めていたことに気づかぬまま。

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