しま、買い物に行く

土曜日。

朝から晴れていた。

今日は谷原さんたちと買い物に行く日だ。

約束の時間が近づくにつれて、なんだか胸がそわそわする。

こうして友達?と出かけるなんて、何年ぶりだろう。

家を出るまでに私は10回以上、鏡の前で何度も服を見直した気がする。

いつもより少しだけ念入りに髪を整え、無難なブラウスを選んだ。

「ついに私もキラキラ大学生の仲間入りか」

と、そんな言葉が頭に浮かんで、思わず苦笑した。

自分で言っておいて、全然似合わないことが分かる。

でも、ほんの少しだけ期待していたのかもしれない。

今日が何かのきっかけになるかもしれない、なんて。


待ち合わせ場所の駅前には、すでに谷原さんがいた。

それから、谷原さんの友人らしき女の子たちが2人。

名前は知らないが、いつも谷原さんと一緒にいる同じ学科の女の子だ。

2人とも髪はきれいに巻かれて、トレンドっぽい服を着ている。

明るくて、声が大きくて、表情がころころ変わる。

太陽の下で笑う彼女たちは、私にはまぶしすぎた。

「あ、松田さん、こっち!」

前方のキラキラ集団に気づかれないようにこっそりと近づいていたが、すんでのところで谷原さんに手を振られて、私はビクッと跳ね上がる。

「松田さん!こっちはカナコとリカ」

そう軽やかに紹介されるけど、私にはどう接していいのか分からなかった。

同じ学科の人でも話したことはない。

「ども」という独り言ともとられかねない、消え入るような私のあいさつの後、

「よろしくー!」と飛んできた笑顔に、そのテンションの高さに、少し戸惑う。


――それから覚えていることは、会話のテンポにまったくついていけなかったということだけだ。


ファッションの話、美容の話、芸能人の話。

飛び交う言葉はどれも軽くて速い。

私が何か言おうとしても、もう次の話題に進んでいた。

笑うタイミングが分からなくて、ただ笑ったふりをする。

だんだんと自分が透明になっていくような気がした。

「松田さんって普段どんな服着てるの?」

突然、カナコと呼ばれた子に話を振られて、少し慌てた。

「え、あー……こういう、感じの……?」

そういって自分が来ているブラウスを指さす。

うまく言葉が出てこない。

「……へぇ、シンプルでいいね」

その言い方が褒めてるのかどうか分からなくて、曖昧に笑う。

横で見ていた谷原さんが、「松田さんっていつもシンプルでかっこいいよね」とフォローしてくれた。

その瞬間、少しほっとした気がした。

けれど、会話の流れはすぐに別の方向へ進んでいく。

私は取り残されたまま、服を見ているふりをした。


昼過ぎ、私たちはカフェに入った。

テーブルの上には見たこともないようなおしゃれな飲み物。

みんな写真を撮って、ストーリーに上げて、笑い合っている。

私にはもちろんそんなこじゃれた習慣はなかったのだが、スマホを出すふりをして、結局ただストローを回していた。

ふと谷原さんが気づいて「疲れてない?大丈夫?」と聞いてくれる。

「うん、平気」

そう言ったけど、本当は少し限界だった。

時計を見ると、まだ午後三時前。

このあともショッピングモールを回るらしい。

だんだんと頭がぼんやりしてきた。

うまく考えがまとまらない。

私の頭はとっくにキャパオーバーを迎えていて、このままここにいるとどうにかなってしまいそうだった。


もう十分じゃないかな。

そう思ったときには、私は席を立っていた。

「ごめん、ちょっと用事思い出して。先帰るね」

振り返らずに言った。

谷原さんが「えー、もう?」と声を上げたけど、私は繰り返し「ごめんね」と言って、曖昧に笑って会釈した。

一人になった駅までの帰り道、解放感に包まれた私に冷たい風が吹きつける。

そのまま家に着くと、靴を脱ぐ間もなくベッドに倒れた。

全身が疲れていた。

天井を見上げながら、今日の会話を何度も思い出す。

でも、そこには誰の声もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る