しま、タバコを買う
日曜日の昼下がり。
体じゅうの筋肉が悲鳴をあげていた。
昨日からずっと荷解きをしていたせいだ。
届いたダンボールの山をようやくすべて開け終え、服や本や日用品をそれぞれの場所に押し込んで、部屋はようやく人間の住処らしい形になった。
私はずっと、自分は物に執着がないほうだと思っていた。
友達の部屋に比べたら持ち物は少ないほうだろう、なんて高を括っていたけど、それでも段ボールを片付けるのは苦行だった。
キャリーを開けたときと同じく、「誰がこんなに荷物入れたんだ」と思いながら、半日かけてやっとすべてを収納し終えた。
ふぅ、と息を吐く。
無意識に立ち上がって「片付いたよ」とリビングにいるであろう母親に声をかけようとして――そのまま立ち止まった。
ここには、私しかいない。
ワンルームのアパートにはキッチンとベッドと、勉強机もどきのテーブル。
押し入れのある実家とは違う。
呼びかけたところで、返事は返ってこない。
返す声がそもそも存在しない。
妙な虚しさが胸を過ぎって、私はベッドに倒れ込んだ。
スマホを手に取り、SNSをだらだら眺める。
地元の同級生が友達と集まって飲んでいる写真が目に留まった。
ふと何とも言い知れない感情が込みあがってきたが、別に羨ましいとまでは思わない。
ただ、みんな人生ちゃんと進めてるなあ、とスクロールしながらぼんやり思う。
そのままスマホを顔に乗せて、私はまた眠っていた。
次に目を開けたとき、部屋は真っ暗だった。
カーテンの隙間から差し込む街灯の明かりが、天井にぼんやり映っている。
スマホを見ると、夜の八時過ぎ。
ぐう、と腹が鳴った。
仕方なくコートを羽織って、財布と鍵だけ持って外に出る。
夜の風は想像していたよりあたたかくて、アパート前の道は静かだった。
歩いて五分のところにあるコンビニの灯りが、やけに安心感を与えてくる。
自動ドアが開くと、暖房のぬくもりとレジ横のフライドチキンの匂いが同時に鼻をくすぐった。
お腹が空いているときは、どれでもうまそうに見えてくる。
悩むのが面倒になって、私は最初に目についたハンバーグ弁当を取ってレジに向かった。
会計を待っているあいだ、なんとなく顔を上げた。レジの奥の棚一面に、色とりどりのタバコの箱がずらりと並んでいた。
普段なら視界に入ってもなんとも思わない。
だが今日は何かが違っていた。
自分の声とは思えないほど滑らかに言葉が出る。
年齢確認のボタンを押す手が、ほんの少し震えた。
コンビニを出たとき、胸の奥で心臓がやたらとうるさかった。
弁当とタバコの入ったビニール袋を片手に、夜道を歩く。
さっきより空気がひんやりしていて、吐いた息が薄く白く見えた。
部屋に戻り、弁当をレンジで温める前に、私はベランダに出た。
小さな柵と古びたコンクリート。
遠くから車の走る音が聞こえる。
私はタバコに火をつけ、その初めての経験をゆっくりと吸いこんだ。
そして盛大にむせた。
ごほごほと呼吸を整えて、なんじゃこりゃと手に持ったタバコを見る。
こんなものを好んで吸っていた父親の気がしれない。
そんなことを考えながらもう一度タバコの煙を吸い込んで、ベランダから空を見上げた。
星は見えなかった。
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