シャッターチャンス

さくらとろん

一話

 ふと窓の外を眺める。天気はよく、少し雲が多いがスッキリとした晴れだった。こういう日は、どこかへ出かけて行って、風景や人々の姿を写真に収めたくなる。鞄から携帯を取り出し、今までの写真を見返す。すでに上限ギリギリまで達しており、いらないものから削除していく。普通のカメラだとそれがなく、好きなだけ撮れるのがいい。散歩している可愛い犬や、美しい夕暮れ。花屋で飾られていたブーケやリース。その他、自分で撮りたいと思ったらカメラで撮影。綺麗なもの。目の保養になるもの。癒されるもの。とにかく気に入ったら写真に残す。あまり人は写さない。風景ばかりだ。そしてマイアルバムに貼っていく。これはどこで撮ったのか。どんな気持ちでカメラを構えたのか。そばに書いておけば、また撮りに行きたい時にどこに行ったのかと悩む必要もない。他人が見たら何が楽しいんだろうと首を傾げるような趣味だが、自分には一番の幸せだ。

里華さとか。何やってんの?」

 クラスメイトのカンナが声をかけてきた。

「写真の整理。似たりよったりなものは捨てちゃおうかなって」

「本当、里華って写真が好きだよね。そんなことより、彼氏探したら?」

「私の彼氏はカメラだから」

「たった一度きりの青春だよ? もったいない。カメラとはデートもキスも結婚もできないでしょ」

「カンナには関係ないよ。私の人生は、私が作っていく」

「頑固だねえ。後になって、一人で寂しいって泣くかもしれないじゃん」

「泣かないよ。これでいいんだってわかってるの」

 クラスで一番仲良しのカンナは、よく里華の恋愛について聞いてくる。心配してくれるのはありがたいが、里華はどうでもよかった。だいいち、周りにかっこいい男がいない。これは誰だって同じだろう。里華以外の女の子たちだって、彼氏がいないのがほとんどだ。

「ま、あたしが首突っ込んでも仕方ないか」

 そう言って、カンナは歩いていった。

「彼氏ねぇ……」

 机に肘を付いて考えてみる。恋人とデートしている自分が想像できない。カメラを構えて写真を撮る自分は、いくらでも頭に浮かぶ。やはり恋愛とはかけ離れた人生を送るのだ。そう神様がお告げしている。

「悲しくもないし、他人がデートしてても空しくないもんね」

 ふう、とため息を吐いた。

 というか、彼氏なんていても辛い目に遭うだけじゃないか。相手の言葉や態度に一喜一憂などしたくない。優しい性格だと思ったら、怒りっぽくて乱暴な奴だったり。だったら自分の好きなことをした方がずっといい。青春だとか恋愛とか、そんなものどうでもいい。

「私にはカメラなんだよ」

 言い聞かせて、ぶんぶんと首を横に振った。

 放課後もまっすぐ帰らず、空や足元に生えている花などを撮影する。これもいらなくなったら削除するが、とりあえず残しておきたい。

「あ……。もう充電三%しかない」

 これ以上は無理だと諦め、暗くならないうちにと帰り道を歩いた。

 途中で電話がかかってきた。母の朋子ともこからだ。

「ママ。どうしたの?」

「今日は一緒にごはん食べない?」

「別にいいけど。何で?」

「特に意味はないんだけど。里華の声が聞きたくなったのよ」

「いつだって聞けるよ」

「それはそうだけど」

「私もママのごはん食べたいな。これから行くね」

「うん。ありがとう」

 そして電話が切れた。

「ママって寂しがり屋だな。泣き虫だし怖がりだし。たまには親子で会話するのもいいか」

 来た道を戻り、両親が住む一戸建てに向かう。

 ドアを開くと、玄関からおいしそうな匂いが漂ってきた。

「おかえり。里華が来るから、ごちそう用意しておいたの」

「そうなの? 嬉しい」

「ほら、こっちこっち。里華が好きなもの、いっぱいあるからね。遠慮しないで食べて食べて」

「うん」

 朋子は子供想いで、思いやりにあふれた素晴らしい母親だと里華は尊敬している。里華がカメラに夢中で彼氏に興味がなくても何も言わないし、子供には好きなことをさせてあげたいと考えている。今まで怒ったことはほとんどないし、些細なことでも「すごい。よくできたね」と褒め、落ち込んだら立ち直るまで話を聞いてくれる。こうやって大好きなカメラと出会えたのだって、朋子が産んでくれたからだ。いつも感謝している。

「ああ。おいしい。やっぱりママが作るごはん、最高だよ」

「ふふふ。よかった」

「でも、どうしてこんなパーティーみたいなことしようって思ったの?」

「意味はないの。娘が喜んでる顔が見たくなるのよ」

「そういうものなのか。私は子供いないから、よくわからないや」

「いつか里華も素敵な男の子と結婚して、可愛い赤ちゃん抱っこできるといいね」

 少し申し訳なくなった。カンナにはカメラが彼氏だと言ったが、朋子には話せなかった。ウエディングドレスを着た里華を見たいのはずっと願っているだろうし、周りがどんどん「お嫁さん」「お母さん」になっていくのに、どうしてうちは、いつまでも……と心の底では空しさでいっぱいかもしれない。

「……恋愛は、もうちょっと大人になってからだね」

「確かに、高校生は早すぎるかもね」

 寂しそうに笑って、朋子は黙った。

 満腹になると、朋子は皿洗い。里華は風呂に入った。汚れと疲れが一気になくなる。三十分くらいであがると、朋子はソファーで寝ていた。

「ママ。私のために料理作ってくれてありがとう」

 部屋から毛布を持ってきて、体にかけてあげた。起こさないようにテレビは付けず、里華もベッドに横たわった。

 久しぶりの我が家。大好きな家族。帰る場所があるのだと、心の中が軽くなる。ずっとここにいたい。昔みたいに両親に囲まれながら。とても幸せな人生は、この大切な人がそばにいるという暮らし。何も悩んだり緊張しない人たちとの生活。当たり前のように世の中の人間たちは感じているかもしれないけれど、本当はとてつもなく素晴らしい奇跡のような出来事。

「あ、そうだ」

 鞄から携帯を取り出し、充電コードに差す。すでに0%になっていて、カンナとのメールのやり取りもできない状態。

「……私も寝ちゃおうかな。起きててもママは眠ってるし」

 そっと目を閉じると、すぐに夢の中へ落ちていった。



 翌日は土曜日だったため、早起きすることもなく十時半まで眠っていた。掃除機の音で、はっと目が覚めた。

「おはよう。ずいぶんと熟睡してたね」

「そうかな? 今日はお休みでよかった」

「どこかに行くの?」

「ううん。でも散歩くらいはしようかな。そういえばパパは?」

「最近、仕事が忙しくて帰ってこれないの。それだけ頼りにされてるから嬉しいんだけど。今は会社の近くのビジネスホテルに泊まってるんだって。だから悲しくて」

 やはり孤独だったのだ。里華を呼んだのは、寂しくて落ち込んでいたのが理由だ。

「そっか。呼んでくれたら、私はいつでも帰ってくるからね」

「ありがとう」

 にっこりと微笑む朋子の顔に、ほっと安心した。

 特にあてもなく、ブラブラと一人で歩いた。昨日と同じで天気はよく、空気が澄みわたっている。公園のベンチに座り、バッグからカメラを取り出した。いろいろな場所を撮影していく。花でも建物でも。気に入ったら全て写真にしてマイアルバムに貼っていく。携帯ではなく普通のカメラだ。これならいくら撮ってもパンパンにならない。

「あら? 里華ちゃん」

 後ろから話しかけられた。振り向くと近所のおばさんだ。

「こんにちは」

「一人暮らししたって聞いたけど。戻ってきたの?」

「いえ。月曜日になったらまた一人暮らしをします」

「家事も勉強もしてて疲れてるんじゃないの?」

「そんなことないです。大丈夫です」

 しっかりと答える。おばさんは「頑張ってね」と言って歩いていった。

 近所のおばさんといっても、里華を小学生の頃から知っているし何度もお世話になっている。この街の人たちは、みんなを家族のように愛し、持ちつ持たれつの関係。

クラスメイトは兄弟姉妹だと思っている。やはり故郷は心が暖まる。そこにいるだけで悩みや不安が消えていく。息を吐いて、家に帰った。

 日曜日は出かけなかった。話し相手がいなかった朋子と、たくさんおしゃべりした。気を遣わなくていいから、愚痴を吐いても「そうだね。わかるよ」と相槌を打ってくれる。もちろん里華が悪かったり間違えていた時は「おかしいよ。そんなふうに言ったらだめだよ」と答える。子供を正しい道に歩かせたい。立派な人間に育てたい。その思いは里華にも届いている。

 風呂から出て、パジャマに着替えながら「明日は帰ってこないからね」と伝えた。

「……そうなの」

「ごめん。私が戻らないと、どこに行ってたんだって大騒ぎするから」

「まあ……。そうよね」

 がっくりと項垂れていたが、里華は黙って目を逸らした。いつまでも親に甘えていてはいけない。その夜はお互いに何も言わず、十一時に眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る