春気で私は道を拓く!~春気道バトル×百合~

国府春学

第1話 痴漢許すまじ。

 腰の辺りに触れた手が、スカートのひだに沿って滑り降り、偶然を装って太腿の内側に侵入してくる。


「ひゃっ」

 他人の指の冷たさに、愛弓はビクッと肩を震わせる。


 背後には数人の客が立っていたが、誰もが目をそらして、知らん顔をしていた。


 その顔を一つひとつ順番に睨みつけても、手の主を特定することはできなかった。


 吊り革をぎゅっと握り、揺れに身をまかせながら、愛弓はまた前を向いた。


 オレンジがかった金色のロングヘアーを、一部取って頭上で結んだ彼女は、小柄だがなグラマラスなカラダの持ち主だ。


 豊かな胸がディープグリーンのブレザーを窮屈そうに押し上げ、短いスカートからは、むっちりと柔らかな太腿が顔を出している。


 瞳はくるんと丸く大きくて、長い睫毛にぐるりと囲まれていた。

 

(もう、最悪っ。何で勝手に触るのぉ……)


 またべつの方向から伸びてきた手に尻を撫で上げられ、キッと振り返るが、犯人は見つからない。


 こんなことは今日が初めてではなく、はっきり言ってしょっちゅうだ。学園に入学した日から、二年生になるまでの間に、百回以上あったけれど、駅員に引き渡されたのは一人だけ。

 

 それも、相手が気弱そうなオッサンだったから勇気が出ただけで、強そうな若い男だと、特定できても怖くて腕を掴めなかった。


(やだなぁ、もう。自転車で通学しようかな。でも、遠いし……)


 憂鬱な気分で電車を降り、改札口を出て階段を降りたとき、ぐしゃりと左足が何かを踏んだ。


「ん?」


 一枚のチラシだ。


「しゅん、きどう……?」

 中心にデカデカと、「SHUN―KI―DO」の文字が躍っていた。


『ミナギリ道場、練習生募集中。駅から徒歩十分。(ただし、女性に限る)』


 男はいないらしい。


「ふーん、護身術にもなるんだ……」


 痴漢に悩まされている愛弓には、ぴったりかもしれない。女性ばかりの道場のようだから、安心して稽古に没頭できそうだ。


「やってみようかな」


 入会金は一万円、月々の月謝は五千円。バイト代から捻出できない金額ではない。


『見学自由。世界チャンピオン、冷徹クイーン・冴月も在籍』と、チラシの下部には書かれている。


「聞いたことないけど、世界大会もあるんだ……」


 スポーツには詳しくない愛弓は、彼女の名前も聞いたことがなかったが、「チャンピオン」の肩書に感心してつぶやいた。


「とりあえず、一回見てから考えよっと……」


 電車の中で断わりもなく手を伸ばしてくる不届きな輩を、華麗に撃退できる日も近いかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る