一度は破産したボクだけど、女神様の御利益で商人やれてます。でも『筋トレしてたもれ』って雅なお祈り要求には、ホント参っちゃう。
枝垂みかん
すごく雅な女神さま
第1話 すごく雅な女神さま①
ここは魔境——
見渡す限りが瘴気を帯びた深緑に覆われていて、ひとたび立ち止まったら、ボクなんて途端に呑み込まれてしまいそう。
とてもじゃないけど、商人の小僧が一人で来ていい場所じゃない。
「どうしてこんなことに……」
もう何度も繰り返したボヤき。
わかってる、自業自得だって。
必ず上手くいく。そう信じて、そう言われてお金を借り、商売の幅を広げてお店の内装も新しくした。
大繁盛はずっとつづくはずだったんだ。
なのに、気づけばなにも残っていなかった。
「……違うか。これだけは引き取ってもらえなかったんだった」
ボクの背丈だと扱うには長すぎるロングソード。しっかりした剣だけど、ダンジョンの魔物に通用するのかは不安。
それでも頼みにできるは、この慣れない左腰の重みだけ。
父さんが
次第に怯えは疲れに変わっていく。
このまま行き倒れてしまうんじゃないかと悪い想像ばかりが膨らむ。反対にお腹は減る一方。
実際、あと何日保つんだろうか。
そんな絶望感で曖昧になっていく視界に、ひときわ暗い——
「あった!」
希望の影が。
ようやく見つけたとボクはさっきまでの怠さなど忘れて駆け出す。近寄って、すぐに確信した。
「……たぶんダンジョンの入り口だ」
盛り上がった地面にポッカリと空いた穴。這わないと入り込めない狭さ。
でも、やや斜めに進んだ先は聞いてたとおり、不思議と明るい。
はじめて目にしたけど、うん、間違いないよ。
いそいそと腰に結びつけた鞘を外し、一瞬だけ手放すことを躊躇うも、えいやと奥へ放り込んだ。
追いかけるようにボクも地面を這っていく。
穴のなかを進むたび壁面が崩れて、土が口のなかに。
空きっ腹にジャリジャリした苦さは堪えた。
でももう少し、もう少しの辛抱。
この奥で、ダンジョンでお金になりそうな物を拾って街に帰るだけ。そしたらボクはやり直せる。
よし決めた。換金したら串焼きをお腹いっぱい食べよう。父さんには『ミオネロ、酒だけはやめておけ』と口酸っぱく言われたけど、せっかくだ、今日は初めてのお酒も飲んでやる。
服の袖を泥だらけにして進んだ先は、ここがどこだかわからなくなるほどの淡い明るさで満たされていた。
「…………すごいな」
明るいだけじゃない。ところどころ朽ちてるし苔にも覆われている。けど、とんでもなく繊細な彫刻ばかりが……。
どこを見ても細工を施された石壁が、右にも左にも、天井にも……。
ポカンと見上げていた顎を引く、と遠目に——
「ダンゴムシッ⁉︎」
そう呼ぶにはあまりに巨大すぎる滑った黒光り。節はいくつもあって、脚の数なんて数えてられないほど。
ボクは慌ててロングソードを拾った。柄を握り、鞘を掴んで抜——けない⁉︎ ボクには長すぎて、ええいこの、このこのっ。
こうしてるあいだにも近くにくるんじゃ、と、なんとかロングソードを抜くために両腕をブンブンさせていたら、
「——ッ」
ゾッとする黒眼と目があった。
だが、この恐怖心が咄嗟の閃きを生んだ。
ボクは怯むことなく鞘ごとロングソードを頭上に掲げ、まだ距離があるうちに魔物目掛けて振りおろした。
そしたら思ったおとり鞘だけが飛んでいく!
………明後日の方へ。
威嚇に当てるつもりだったんだけどな。
ガッカリしてる場合じゃない。
のっそりモゾモゾと寄ってきているのに、割と速い。
さらには急に丸まって、うわ! ゴロゴロ転がってきた。
目の前の黒い塊がどんどん大きくなる。ぐんぐん真っ直ぐこっちへ。
ってことは叩けば当たるかも!
狙い済まし、渾身の力で縦に抜き身のロングソードで斬りつけた。のに——
カキンッと硬質な音に弾かれた。と同時に背中が——
「ゴホッッ」
痛ッッッ‼︎
お腹の空気がぜんぶ出てって、吸いたくても吸えない。息できない。
頭もぶつけたのかクラクラする。
でも、壁に寄りかかり長い剣に縋るようにして、なんとか立ってはいられた。
「カハッ……ッ……ハァ、ハァ、ハァ……」
またモゾモゾと、今度は遠ざかっていく。
勢いつけるため……、だとしたらさっきのがもう一回くるの⁉︎
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……。
逃げるか? ダメだよ。アイツが転がる方が速い。じゃあ戦う? これも無理だ、ボクの力じゃロングソードで斬りつけても効かない。こんな巨体を支える外殻なんだから分厚くて当然だよ。
だったら避けてみるとか。避けて、避けてそれからどうすればいいのさっ。
焦れば焦るほど前を向けない。またあの衝撃がくると思うと、怖くて怖くて下を向いてしまう。
だけど、
——石畳⁇
さっきまで見えてなかったものが見えた。
そう。継ぎ目のない石壁と違って、床には一面に石の板が敷き詰められていたんだ。
その一枚一枚は精巧であっても隙間があった。よくよく探せば古くなって欠けているところがチラホラと。
迷ってる時間なんか……。もう目の前まで球になった魔物が転がってきてるんだから。
アイツが曲がれないことを信じて、ぶつかる直前でボクは横っ飛び。
直後、
——ゴッッ!
壁を打つ鈍い音。
着地するとすぐさま魔物の後ろへ回り込んで、ロングソードを突き立てた。
黒光りする甲殻ではなく、ギリギリまで近くの地面に。石板の欠けたところを目掛けて。
思ったとおりに切先は刺さった。というより深くまで挟まった。
これでしばらくコイツは動けないはず。
「ハァハァ……ハァハァ……。どうだ、みたか」
——メキッ、パリッ。
嘘でしょ!
つっかえ棒にしたロングソードがぜんぜん頼りない。いまにも折れちゃいそうだ。
さっさと逃げよう!
と、即決するも走りだして二歩三歩。ボクはそこから先へ進めなくなってしまった。
だって、手ぶらで帰ってどうする? この急場を凌いだところで……、ボクには明日なんてないじゃないか。
でも、あんなのに潰されて終わるのはイヤだ。ものすごく痛そうだ。
怖さが勝って遠ざかってはいる。だけどもう、歩いてるっていうより両足を引きずってるだけ。
すると、コツン。
「あ——っとと」
なにかにつま先がとられて足をもつれさせてしまった。
転ばすには済んだ。けど、石ころ如きに諦めろと言われたみたいで、ついカッとなる。が——
「これ……、売れるかも」
足に当たったのは、壁面のものより遥かに神々しく緻密な造りの石像。
ガンバれば運べない重さじゃないぞ。
少し変わった意匠だけど綺麗な女性の……神様だろうか? 石畳と似た色だからぜんぜん気づかなかったよ。
パキィィ————ンッッ!
硬質な音が響く。ロングソードの断末魔だ。
ボクは迷わず女神様の像を抱えて、ダンジョンから這い出した。
やった、やったぞ。これで一からやり直せる!
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