タイムバック

笹暮崔

ハッピーニューイヤー


 2025年12月31日23時59分50秒。

 テレビでは毎年お馴染みの新年へ向けたカウントダウンが始まった。俺はそれを娘のサチと二人で眺めていた。


「明日でお前も一歳。

 そして、サトミの命日……」


 2025年の始まりは俺にとってあまりいいものじゃなかった。待望の娘の誕生を喜んだ反面。生涯の伴侶を失った日だったから。


『5・4・3・2・1! ハッピーニューイヤー!』


 画面に映る芸能人たちが、満面の笑みで新年を祝う。


「誕生日おめでとう。俺が必ず幸せにするからな」


 おとなしく眠る我が子に俺は微笑み、スマホの画面に目をやった。そこで違和感に気づいた。


 ――バグか?


 2025年23時59分。

 さっき新年を迎えたはずが、日付は変わっていない。テレビに目をやると、何やらざわついていた。


 ――こんなタイミングで通信障害かなにかか? まったく、幸先悪いな。


 そんなこと気にも留めないで、俺は眠りについた。


 朝起きて、まさかあんなことになっているとは想像もしなかった。そんなこと、できるはずがなかった。


 ***

 

 ――少し寝過ぎたか。ほんとうちの子は大人しくて助かるよ。

 

 眠気まなこを擦りながら、俺はミルクの準備を始めた。夜泣きも滅多にしない娘に助かってはいたものの、あまりにも静かなので、たまに不安になる。


 ベビーベッドを覗き込むと、サチは静かな寝息を立てていた。小さな胸が規則正しく上下している。オムツを交換して、ミルクを飲ませる。サチは俺の顔をじっと見つめながら、哺乳瓶に吸い付いた。

 

 俺は自分の身支度も済ませた。といっても、俺は基本在宅勤務。AIの開発が俺の仕事で、仲間ともオンラインでコミュニケーションを取るのが当たり前だった。

 

 デスクに座り、PCの画面をつけた。

 

 ――17時32分!?

 

 俺は時刻表示を二度見する。

 

 ――寝過ぎだろ俺!

   やばい、通知が山のように溜まってる……。

 

 俺はスマホを手に取った。未読メッセージが50件以上。LINEも、メールも、全部だ。

 通知の一つ一つに目を通した俺は、そこで息を呑んだ。

 

『時間が戻っている』

『トキオ、お前は大丈夫か?』

『これを見たら至急連絡をくれ』

 

 ――は? 時間が戻る?

   何かの冗談か?

   新年早々、寝坊した俺にドッキリか?

 

 そこで俺は再度、PCの時刻を確認した。

 

 17時30分――さっき確認した時から2分、遡っている。

 

 心臓が跳ねた。息が荒くなる。

 

 ――いやいや、そんなこと有り得ない……。

 

 スマホの時計も同じ。17時29分。28分。秒針が、反時計回りに進んでいた。

 

 俺は立ち上がり、カーテンを勢いよく開けた。西の空には夕焼け。


 ――太陽は存命か……。

 

 震える手でテレビのリモコンを握り、電源ボタンを押した。画面が映る。どの局も同じ話題で持ちきりだった。まるで大災害が起きたかのように、キャスターたちが蒼白な顔で言葉を紡いでいる。

 

『繰り返します。現在、世界中で時間の逆行現象が確認されています』

『原因は不明。政府は国民の皆様に、冷静な対応を――』

 

 ――時間が、逆行している……。

 

 昨夜、全世界で祝砲をあげたはずの2026年は訪れていなかった。

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