第26話 婚約破棄を実力で勝ち取るヒロイン

――――【アリシア目線】


 私たちはダンジョンから迷宮探索校のメディカルルームまで戻ってきたが……。


 検査待ちのためにソファーでお茶をしながら寛いでいると、激しい剣幕で颯真が近寄ってきた。


「アリシア! てめえ、何考えやがんだ! パーティーのリーダーのオレの命令を無視して、とっとと撤退するとか頭いかれてんのかよ!」


 頭や腕には包帯、足にはギブスとぼろぼろの姿で……。


「颯真、その言葉……そっくりそのままあなたに返すわ。あなただって私たちを見捨てたのよ」

「そだなー、ブーメランだぞー」

「そうまんは死ねば良かったのに……」 


 私に続いて筧さんと有栖川さんが正論パンチを浴びせていた。


「なんだと!? 分からせっぞ、こら……くっ、いでぇぇぇぇ……」


 颯真がまるでチンピラのように私に顔を近づけ、凄もうとしたときだった。


「なっ、何しやがるっ! ち、千切れるっ!」


 秘書風のコーディネートをした京風美人が颯真の耳を掴んで引っ張っていた。


「あらぁ、アリシアさん。おひさしぶりやねぇ」

「琴魅さん!?」


 彼女に颯真を見捨てたことを詰られるかと思ったが、杞憂だった。


「危機に際してメンバーをトリアージできるなんて、うちはあんたのそういうドライなとこ、嫌いやないで」


 糸目から笑顔の第一印象を受けるが、私の肩に彼女の手が触れた瞬間目が薄く開いて視線が合う。


 まるで深淵を覗いてしまい、その奈落に落ちたかのような恐怖が私を襲った。はっと気づくと琴魅さんは颯真の隣にいる。


「ホンマ、ぜんぶあんたが悪いんやで。弱いからみんなに置いてかれるんや。こないなとこで油売ってんと行くで」

「いでぇぇぇぇ、引っ張ってんじゃねえよ」

「うるさいなぁ、さっさと行くで」


 ほんの一瞬だったはずなのに汗がびっしょりとインナーを濡らしていた……。


 恐ろしい人……。


「颯真くん……大丈夫?」

「う、うるせえ! この程度でオレが……くぅっ! いでぇぇぇぇーー!!!」


 颯真はゆきさんに支えられながらベッドに寝かされていた。

 


 その翌日のことだ。


 都内一等地にある御門流陰陽道の宗家……。私の祖父母が住まう邸宅だが、私の生家ではない。


 開いた障子から覗く外の光景。


 回遊式庭園の鹿威ししおどしの竹筒に水が注がれ溢れそうになると傾き、中の水が排出されると竹筒は勢いよく元の位置に戻り、底を石に打ちつけた。


 旅館の宴会場を思わせるほど広い居間に通され、人を待つ。両親が早逝したことで宗家に引き取られた私。


 でもここは私のいるべき場所ではなかった。


 襖が雑に開いて、老齢の男女が居間に入ってくる。天然木の大きな一枚板の天板、その座卓を挟んで離れた向かいに二人は座ると不機嫌そうに鼻息を吐いた。


「お爺さま、お婆さま……今日は折り入って話がございます」


 離れた向かいにいる祖父母に三つ指をついて挨拶をする。


「何だ? 藪から棒に。詰まらぬことならあとにしてくれ」

「そうよ、あなたの泣き言に付き合っている暇はないのよ」


 私と祖父母の家族としての心の距離は血縁であるにも拘らず、今おかれている物理的な距離より遥かに遠い。


「では端的に申します。網代颯真さんとの婚約を破棄いたします」

「「なっ!?」」


 二人は私から思ってもいない言葉が出たことに驚いている。それもそのはず……私は宗家に引き取られてから祖父母の言い付けをすべて守ってきたのだから。


「何を馬鹿なことを言っているの? あんなに良い方と婚約を破棄するなんて!」


 お婆さまの目は颯真の演技を見抜けない節穴だ。彼の本質は不良を通り越して邪悪と言えるのだから……。


 私は颯真が更科さんといかがわしい行為に及んでいる動画を見せた。颯真自身は私に行為を見せることで嫉妬するとでも勘違いしたのだろう。


 なんて自意識過剰なんだろう?


 颯真に微塵も想いを寄せていないというのに滑稽でしかない。ただ婚姻したあともそんな状況が続けば不快でしかない。


 私と颯真が婚約させられたのは家の都合でしかなかった。


 本来陰陽道の修練に勤しむべき宗家がお金に目が眩み無計画な投資を行った結果、大きな損害を被った。広大な邸宅は既に抵当へ入ってしまっている。


 それも網代グループの中核の銀行に……。


 それでも足りない借金のかたに私は売られたのだ。表向きは颯真の許婚として。


 網代は網代で千年にも及ぶ伝統と格式を持つ御門の家格と強い霊力を欲し、両者の利害が一致した政略結婚といえた。


 席を立とうとするとお爺さまは手を掲げて、私を制止しようとしてくる。


「待て! アリシア! 婚約を破棄することも、家を出ることもまかりならん。それでも我々に逆うというなら許さん!」


 単にポーズではなく霊力による圧を掛けて。


「許さない? 私の両親の交際を認めなかったくせにですか?」

「穢れた血を持つ女と交際するなど断じて認められるわけがないでしょ!」


 お婆さまも両手を私に向け、霊圧を掛けてきた。


 霊力耐性がない者なら畳に頬を擦り付け、プレス機に押しつぶされるような高圧を前にして許しを乞うことだろう。


 だけど……。


「宗家ともあろう方のお力がその程度なのですか?  おかしいですね、純血であるあなた方が穢れた血を持つ私に霊力で劣るなど……」

「くっ! 逆に、お、圧されているだと!?」

「あなた!? きゃっ!?」


「今までお世話になりました。些少ですがこれまでの養育費は置いていきます。今後は私に関わらないでください」


 座卓の上に配信で得たお金を差し出した。そして何事もなかったように立ち上がったのだが……。


「まっ! 待てっ! アリシアっ!!! うっ、うわああああーーー!!!」

「あなたっ!!!」


 養育の際に一度も触れようとしなかったお爺さまが私に触れようとしてきた瞬間私とお爺さまの霊圧がぶつかり、競り負けたお爺さまは弾き飛ばされ庭園の池にダイブしてしまっていた。


 お婆さまは雪駄を履くのも忘れ、お爺さまの下へ向かっていた。


 私はもう自分の感情を抑えきれなくなったのだ。命の恩人にして、私の生きる道を示してくれた哪吒くんの傍で過ごす、そう誓った。


 以前とは違い、幽体ではなく私自身が彼の下へ駆けていた。

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