第2話 全滅回避に貢献したら追放!?
俺が念ずると白鴉を食い千切ろうとしていた
ガッキーンと大きな衝突音がする。二振りの剣が猿ぐつわのように双頭呪竜の顎の付け根へ食い込んでいた。
ぐっとした手応えが脳に伝わる。
まるで双頭呪竜と鍔迫り合いしているような感覚があったが、驚いたことにあの筋肉だらけの巨躯と競り合ってもなおまったく力負けしていない。
「ヘイヘイヘーイ! まったく見えてないよ!」
白鴉はかわいらしいお尻を突き出し、ぺんぺん叩いて双頭呪竜を挑発していた。
ぐっ!?
双頭呪竜は人語が分かるのか、俺を押し込もうとしてきて強い圧が加わっていた。
「白鴉! 挑発なんてしたら奴が怒って……」
「大丈夫! 哪吒、腕は二本だけじゃない。四本あるから!」
「え?」
それって、まさか?
俺はもう二本の手に念じて、 双頭呪竜の下へ向かわせた。実際に双頭呪竜から視認できていないなら、姑息だが……これが有効な筈だ!
双頭呪竜の目に対し、【
すると双頭呪竜の瞼が閉じる前にサミングが決まった瞬間、グァァァァーーーーーーーーッ!!! と双頭呪竜が大きな悲鳴を上げていた。奴は目元から黒い涙を流しており、瞼は二度と開くことはなかった。
「俺の腕を奪ったお返しだ!!!」
俺は生まれて初めて、人というかモンスターに中指を立てていた。いや他者からは見えないんだけど……。
咥えていた俺の剣を離し、巨躯にも拘らず悶えて闇雲に周囲を破壊しだす双頭呪竜。奴の尻尾が岩を打ちつけるとこちらに飛んでくるが……。
一太刀目で真縦に、二太刀目で真一文字に斬りつけるとまるでじゃがいもをスライスしたようになる。
「哪吒、【神の見えざる手】をもう使いこななしてる!?」
音を聞いた白鴉は「はわわ」と口を手に当て、驚いている様子、だが俺は前の持ち主がどの程度使いこなせていたのか知らない。
ただ白鴉がそう言うならできるはず!
素手の二本で双頭呪竜の左右の首の角を掴んだ。あんなに激しく首を振っているにも拘らず、掴めたことに自分でも驚く。
それだけじゃない。
角を掴んだ手を下へと押さえつけるイメージを持つと、徐々にだが双頭呪竜の動きが抑制され、首が地面へと近づいていった。
「この腕……素早くものが掴めるだけじゃなくて、剛腕でもあるのか!」
「うんうん、それだけじゃないよ。触れるだけで相手の想いが伝わってくるんじゃないかってくらい繊細にもできてる」
はは……。
思わず乾いた笑いが漏れる。
完全に元の俺の腕の上位互換。それにあと二本追加……。
そんなことを思っている間にも二本の手は素晴らしい働きをしていた。双頭呪竜は下顎を地面に押し付けられ、首から下をばたばたとせわしなく暴れさせているが、それこそ無駄な抵抗というもの。
「おまえみたいな凶悪なモンスターが三十層になんていちゃダメだ。悪いが、俺がおまえの命をもらう」
【
黒帝と氷妃の剣身を根元から摺り合わせるとぱちぱちと火花が散った。そこから切っ先に火が灯るとやがて剣全体が焔に被われる。
俺は土管ほどの太さのある双頭呪竜の首目掛けて、双剣を打ち下ろした。
「おまえも俺のことが憎いかもしれないが、俺も腕を奪ったおまえのことが憎い! だが白鴉との出会いをくれたおまえには感謝する」
太い首に刃が入ると硬い鱗は溶けて、まるで熱したナイフをバターに当てるかの如く容易く両断してしまう。
溶け出した双頭呪竜の肉から染み出す脂で黒い骸はすべて焔に包まれていた。やがて骸は黒い煙となって周囲の空気に溶けていってしまう。
白鴉はまったく振り返ることなく、腕組みしながら仁王立ちしていた。
「俺が双頭呪竜を倒せると確信していた?」
「うんうん、哪吒は白鴉ちゃんの推しだから」
額に二本指を当て、敬礼する白鴉。彼女と邂逅したときはかわいいけど変な子な認識だった。だけどV Tuberみたいな子に全肯定で推されるのは悪くないと思えてしまう。
「穢らわしきものは去れ~♪ 福はいっぱい来たれ~♪ でないとみんな、キラッキラッの白鴉ちゃんの下僕にしちゃぞ♡」
白鴉は魔法のステッキに白い
不思議なことに白鴉が祓い終えると、ブラックスライム溜まりは浄化され、蓮華の花が咲いていた。わんこのように満足そうな笑みを浮かべながら、こちらにやってきて頭を撫でて欲しそうに上目遣いで俺を見つめている。
撫でてあげたいけど、この手で触れていいものか……。白鴉曰わく以前の持ち主は彼女にセクハラするような変態だったらしいから……。
でも白鴉は俺の命の恩人だ!
「ありがとう、白鴉。すごく世話になった。正直もう人生が終わったかと思ったよ」
俺は念じて見えない手で白鴉の頭を撫でた。白い髪はふわふわとしていて、もふもふを撫でているような感触がする。白鴉も俺に撫でられ、満更でもなさそう。目を細め気持ち良さそうにしていた。
「それでさ、やっぱり俺って、白鴉さまの下僕にならないといけない?」
「何言ってんのー! さまなんて柄にもなく……哪吒は白鴉ちゃんの推しの中の推しなんだから、下僕じゃないよー! むしろ白鴉ちゃんが哪吒の
二人でベンチみたいになっている岩に腰掛け、話していると白鴉の袖がぶるぶると震え出した。
「んもう! いいところだったのにぃ!」
白鴉はぷくーっと頬を膨らませて、巫女袖からスマホを取り出し、内容を確認している。
「ごめん、哪吒。ボク、もう行かなくちゃいけないみたい。……また会える?」
「ああ! 俺はまた
俺は見えない手で白鴉と固い握手を交わす。
聞きたいことはたくさんあったが、どうやら彼女は忙しいみたいだ。俺は訊ねたい気持ちを抑えて、白鴉が去るのを見守っていた。
さて……。
俺も帰るか!
――――東都大学付属病院。
ダンジョン奥から帰路についた俺だったが、気づいたら、視界の先は知らない天井だった。いやこの形状の天井や蛍光灯の配置は知っているな。
どうやら途中で気を失ってしまったらしい……。
結構失血してたから仕方ないか。それよりも誰かが運んでくれたことに感謝だ。
青い患者衣を着せられていたが、腕があるであろう場所はただ生地がだらりと垂れて、すかすか。妙に股間が痛いなと思ったら、排尿用のチューブをつけられていた。
おまけに腕のない俺に配慮してか、ベッドのフットボードにナースコールのボタンがつけられてある。やっぱり夢じゃなく、俺は両腕を失ってしまったらしい。
【神の見えざる手】を獲得してなけりゃ、俺はズレた布団を直すこともトイレで用を足すこともできないのだ。
今の自分の置かれた状況を理解し始めたときに病室のドアが開いた。
「哪吒!」
カーテンで間仕切りされた病床にやってきた母さんは俺の姿を見た途端、口に手を当て今にも泣き出しそうになっていた。
「母さん……ごめん」
今まで母さんには迷惑を掛けまいと生きてきたつもりだったが、こんなにも悲しそうな表情になるのは父さんが行方不明になって以来だ。
母さんにはパーティーのみんなを助けるためにダンジョンへ潜ったことを説明した。ただ【見えざる手】について説明しても、とても理解されるとは思えなくて黙っておいた。
「哪吒らしいわね」
母さんは涙をハンカチで拭う。すると微かに笑みが漏れた。
「配信でいっぱい儲けて、母さんと雛子を楽させてやろうと思ってたんだけどなぁ……」
「哪吒はもう十分やってくれたから。今はゆっくり休んで」
叱られるかと冷や冷やしたが、母さんはただ甘かった。
「母さん、雛子のところに行ってやってよ。いつもは俺が行ってるけど、こんな身体だからすぐに見舞いに行ってやれそうにないんだ」
「哪吒だって大怪我を負ってるじゃない……」
「傷はもう塞がってるよ。まあ腕はないけど……」
冗談混じりに腕のことに触れると、また母さんの目からぶわっと涙が溢れてくる。
ああっ! 親不孝な俺を許して!
思わず俺は【見えざる手】で頭をかきむしってしまった。ちらっと母さんの方を見たが気づいてなさそう。
「母さん、今は義手の技術も上がってる。義手が扱えるようになって学校を卒業したら俺も働くよ。だから心配すんなって」
「哪吒……私が不甲斐ないばっかりに……」
「何言ってんだよ、母さんはいつも一生懸命誰よりも頑張ってるよ」
看護師さんが検診と投薬に来たところで母さんは雛子の病棟へ行った。
楽させてやりたいと思ったことが裏目にでるなんてな……。
「よお、哪吒。って、ヤッバ! おまえ、何それ? 腕ねえじゃん」
また病室のドアが開いたと思ったら颯真たちがやってきた。颯真はベッドで横になっている俺を指差して嘲笑う。
パッシーーーーン!
だが次の瞬間乾いた音が病室に響く。
「いってーーーな! 何すんだよ!!!」
「あなたには人の心というものがないんですか!」
颯真の彼女の御門アリシアが思い切り彼の頬を引っ叩いていたのだ。アリシアの表情は目に涙を浮かべながら怒気に満ちている。
「日向くんにパーティーが全滅するところを救ってもらったのに、彼を馬鹿にするなんてあなたは人として最低です!!!」
一年足らずの付き合いだが、彼女がここまで感情的になったのは初めてだ。いつもは窓辺で物静かに本を読んでいるような子なのに……。
「御門さん、やり過ぎですよ!」
「あなたは黙って! これは彼と私の問題です」
ゆきが仲裁に入ろうとしたが、アリシアは一歩も譲る気はなさそう。仕方がなくなったのか、ゆきは「氷をもらってくる」と言って病室を出ていった。
「アリシア……、言うことはそれだけか? つか哪吒を見てみろよ。両腕がないんじゃもう使えねえだろ。ああっ? それとも何か? こんな状態の哪吒をダンジョンに引っ張り出そうって言うのか、それこそアリシアの方が人の心がねえんじゃねえの?」
「くっ……」
颯真の言い分にアリシアは唇を噛んで押し黙る。
「ああ、哪吒。言い忘れるところだったよ。ここに来たのはおまえに大事なことを伝えに来たんだった。職員会議でおまえの退学が決定したみたいだぞ」
「「「えっ!?」」」
アリシア、美里、れもんの三人は颯真から聞かされていなかったのか、三者三様に驚いた表情を見せていた。
―――――――――あとがき――――――――――
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