第34話 灰の灯、導く声

 グラウナの空はいつも灰色だ。

 けれどその日、雲の切れ間から細い光が落ちていた。


 直哉は古書店「エルネストの書架」の軒先で、埃にまみれた古文書を膝に乗せていた。

 見開かれたページには、転生者に関する記述がある。

 〈魂は導晶を介して流転する〉――。


 だが、その文字は一部が焼け、判読不能だった。

 指でなぞると、微かな温もりが残っている。

 まるで誰かがついさっきまで読んでいたように。


「触っちゃだめです、それ、封印が残ってますから」


 凛とした声が背後からした。

 振り向くと、白い外套の少女が立っていた。

 金糸で縁取られた袖口。灰街――いや、グラウナの市民には似つかわしくない清潔さだ。


「……あんた、誰だ?」


「ミレイ。ここの助手です。師匠に言われたの。“転生の記録”を探してる子が来たら、力を貸してあげなさいって」


 彼女は本をそっと閉じた。

 仕草は優雅で、しかしどこか怖いほど正確だった。

 直哉は思わず息をのんだ。

 その瞳が、青い。導晶の光と同じ色をしている。


「師匠って……エルネストって、あの老魔導士の?」


「そう。その弟子をやってます。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」


 エルネスト。グラウナで“灰の賢者”と呼ばれる男。

 導晶の研究者にして、転生術の禁書を所蔵していると噂される存在。

 直哉がここを訪れたのも、その噂を追ってのことだった。


 ミレイは棚の奥へ進み、青い封印石を持って戻ってきた。

「……これ、たぶん君の探してる“印”と関係がある。導晶が共鳴した記録が残ってるんです」


「共鳴? それって、もしかして――」


「“家族”の気配を感じ取れる可能性があるってことです」


 直哉の胸が跳ねた。

 父も、姉も、弟も、どこかにいる。

 だがその導線はどこにも見つからなかった。

 それが今、初めて“つながる”可能性を示されたのだ。


「……手伝ってくれるのか?」


 ミレイは微笑んだ。

 その笑みは冷静だが、芯があった。

「私も興味があるの。導晶と転生者の関係。

 もし君が本当に“渡り人”なら、観測対象として――いえ、仲間として動いてみたい」


 そう言って、少女は光石を掲げた。

 淡い青が、二人の影を照らす。


 書店の奥、封印された扉の向こうで、何かが微かに鳴動した。

 ミレイが息をのむ。

「やっぱり……あなた、反応してる。導晶が“記憶”を呼び覚ましてる」


 その瞬間、直哉の視界に閃光が走った。

 遠い、森の中の青い光――それは紗奈の放った“印”だった。

 途切れた記憶が、ひとつにつながる。


「姉さん……!」


 膝をついた直哉の背に、ミレイがそっと手を置いた。

 指先から伝わる淡い魔力が、彼を包み込む。


「急ぎましょう。導晶が共鳴しているなら、放っておけば消える。

 今なら――“向こう側”の世界に、道が繋がっているかもしれない」


 グラウナの街の鐘が、灰空を裂いて鳴り響いた。

 二人は顔を見合わせ、そして走り出した。


 灰の街を、青い光が裂いていく。

 転生の輪が、再び回り始めた。


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異世界一家離散 たこ焼き @tamio0312

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