第31話 再会の兆し

 雪が、音を吸い込むように降っていた。

 北の山岳地帯——リュズ山脈の中腹にある、朽ちかけた避難小屋。

 そこに、ひとりの青年がいた。


 悠斗。

 転生からすでに一年が経っていた。


 粗末な革鎧に、獣の毛皮をまとい、手には古びた短槍。

 右の手首には、かすかに光る蒼い紋章が刻まれている。

 あの日——空に現れた光の筋が胸を貫いた瞬間から、消えることなく残っていた。


「……また、夢だ。」


 寝台の上で、彼は小さく息を吐いた。

 夢の中で、いつも同じ光景を見る。

 雨の夜、壊れた教会、そして——蒼い光に包まれる少年の姿。


 その少年が誰なのかは、もう分かっていた。

 弟、直哉。


     * * *


 避難小屋の扉が風で軋んだ。

 外は吹雪。

 だが、今日だけは違うものを感じた。

 雪の帳の向こうから、かすかな光が見える。


「……まさか。」


 悠斗は槍を手に、外へ出た。

 風が顔を裂くように冷たい。

 それでも彼は足を止めなかった。


 光は、山の尾根に沿って漂っていた。

 青く、穏やかで、どこか懐かしい。

 指を伸ばすと、その光が脈打つように応えた。


「直哉……お前なのか。」


 返事はない。

 だが、胸の紋章が同じリズムで光った。

 まるで遠い場所で、誰かが同じ鼓動を打っているかのように。


     * * *


 雪をかき分けて進むと、廃墟のような塔が現れた。

 古代文明の名残らしく、壁には意味の分からない碑文が刻まれている。

 塔の内部には、凍りついた泉があった。

 泉の中央に、青い水晶のようなものが埋め込まれている。


 光はそこから漏れていた。


 悠斗が手を伸ばすと、水晶が微かに震えた。

 そして、声が響いた。


『——兄ちゃん。』


 その声は、確かに直哉のものだった。


「……っ、直哉!?」

『聞こえる? まだ遠いけど……生きてるんだね。』


 悠斗の喉が詰まる。

 言葉を絞り出すようにして、返した。


「お前、どこにいる!? 母さんたちは!?」

『わからない……でも、僕たち、全部バラバラみたい。

 けどね、繋がってる。少しずつ、光が近づいてる。』


 直哉の声は穏やかだった。

 けれど、途中でノイズのように途切れた。


『リュミナが……“道”を……』


「リュミナ? 誰だ!?」


 応答はもうなかった。

 光が一度強く脈打ち、静かに消えた。


     * * *


 沈黙が戻る。

 だが悠斗は、確かに感じていた。

 弟の声の向こう側に、生きている家族の気配があった。


 手を泉の水面に浸すと、淡い紋章がまた光った。

 その光は、北ではなく南を指していた。


「南か……。だったら、行くしかない。」


 悠斗は凍った泉のそばに、短槍を突き立てた。

 それは、ここに帰るための“目印”。

 そして、もう一度家族を見つけ出すための誓いだった。


「待ってろ、直哉。みんな、必ず見つける。」


 雪が止み、空がわずかに晴れた。

 白の世界に、青の光が残り、ゆっくりと南の空へ伸びていく。


 それは、まるで家族を導く“絆の糸”のように見えた。


     * * *


 遠く離れた灰の街。

 鐘の音が静かに鳴り響く。

 直哉は、空に漂う青の光を見上げて微笑んだ。


「兄ちゃん……今、見てるんだね。」


 その言葉は風に溶け、遥か山脈へと届いていった。

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