第27話 鋼の少年兵

 夜明け前の街は、灰と血の匂いで満ちていた。

 グラウナの地は、もはや“街”と呼ぶには遠い。

 戦乱で滅びた国の名残が、焼け落ちた壁にしがみつくように残っている。


 直哉は薄暗い地下の寝床で目を覚ました。

 天井のひびから落ちる土埃。

 その音さえ、いまや彼にとっては“日常”だった。


 隣ではカイがナイフを研いでいる。

 光の届かない地下室で、金属音だけが響く。


「今日も……外に行くの?」

「ああ。街の北で“徴発”がある。兵の連中が食料をかっさらっていくんだ。

 奴らが来る前に少しでも回収しておかねぇと、子供らが飢える。」


 その声は冷静だが、どこか苛立ちを含んでいた。

 直哉はカイの横顔を見つめる。

 幼いはずなのに、目の奥は鋼のように硬い。


「……僕も行くよ。」

「ダメだ。お前はまだ剣を握る手も震えるだろ。」

「それでも、見てなきゃ。何もできないままじゃ嫌なんだ。」


 カイは小さく息を吐き、ナイフを鞘に戻した。


「好きにしろ。ただし邪魔はするな。」


     * * *


 街の北は、瓦礫と死臭の集まる地帯だった。

 兵士たちが焼けた倉庫を漁り、まだ使える穀物を袋に詰めている。

 それを遠くから見張りながら、カイたちは瓦礫の影を縫って動いた。


「今だ、走れ!」

 合図と同時に、直哉は小さな袋を抱えて駆け出した。

 足元の瓦礫が崩れ、乾いた音を立てる。

 その音に気づいた兵士が振り返る。


「誰だ!」


 怒号とともに、剣が抜かれた。

 直哉は恐怖で足が止まる。

 その瞬間、カイが飛び出し、兵士の手首を蹴り上げた。

 剣が宙を舞う。


「逃げろ、直哉!」


 直哉は反射的に走り出した。

 背後で剣と剣がぶつかる音が響く。

 ヴァルグの声が頭の奥に響いた。


『逃げるだけでは守れぬぞ。

 お前はどうする、直哉?』


「……守るんだ、僕は!」


 胸の印が光を放ち、足元から淡い蒼が広がった。

 その光が瞬時にヴァルグの姿を呼び覚ます。

 影狼が咆哮し、兵士たちを押し返した。

 地面が震え、砂塵が舞い上がる。


 兵士たちは恐怖に後ずさる。

 その隙にカイが叫んだ。


「行くぞ、今のうちだ!」


 二人は街の外れまで駆け抜けた。

 息を切らしながら瓦礫の陰に身を隠す。

 直哉の手は震えていたが、その目だけは静かだった。


「今の……お前の力か?」

「わからない。ただ……怖くなかった。」


 カイはしばらく黙っていたが、やがて笑った。


「そうか。なら、お前はもう“戦える”奴だな。」


 その言葉に、直哉の胸が痛んだ。

 “戦える”という言葉が、褒め言葉ではないと知っていたから。


     * * *


 夜。

 地下の子供たちに少しばかりのパンを配り終えると、

 カイが壁にもたれながら言った。


「なぁ直哉、お前の“家族”ってどんな人たちだった?」


 問いかけに、直哉はしばらく言葉を探した。

 ――温かい手、笑い声、夕食の匂い。

 全部、遠い夢のようだった。


「……優しかった。いつも笑ってた。

 僕が怖がりでも、ちゃんと信じてくれた。」


 その言葉を聞いて、カイは視線を落とした。

 そして、小さく呟いた。


「いいな。俺にはもう、そういうの思い出せねぇや。」


 沈黙が降りた。

 遠くで火薬の爆音が響く。

 地上では、またどこかの家が燃えているのだろう。


 ヴァルグが影の中から囁いた。


『この街の子供たちに、魂の色が戻ることはあるのか?』


 直哉は静かに答えた。


「僕が、それを見つける。

 ここにいてもいいんだって、誰かが言ってくれる日を。」


 その瞳の奥で、蒼い光が再び瞬いた。

 灰の街に、ほんの少しの“希望”が差す。

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