第25話 響き合う光
闇の中で、何かが呼んでいた。
耳ではなく、胸の奥を震わせるような声だった。
――おにいちゃん。……おかあさん。
――……だれか、いるの?
直哉は、まぶたをゆっくり開いた。
そこは、黒い霧が立ち込める森の中だった。
湿った空気。土の匂い。かすかに遠くで獣の鳴く声。
彼は小さな身体を起こし、辺りを見回した。
薄汚れた布服を身にまとい、手には傷がいくつもある。
息を吸うと、胸の奥が痛んだ。
「……ここ、どこ……?」
声は掠れていた。
覚えているのは——家族旅行の途中、トンネル、光、そして――。
それ以上は、靄のように記憶が散っている。
だが胸の中で、微かな光が脈打っていた。
蒼い印。
掌に浮かぶそれは、まだ幼い彼の体には不釣り合いなほど、鮮烈に輝いていた。
その光に呼応するように、森の奥から“何か”が近づいてくる。
木々の間から現れたのは、銀灰色の毛を持つ狼だった。
だが、どこか違う。
その瞳は知性を宿し、人のような意思を感じさせた。
「……おまえ、言葉がわかるのか?」
狼はゆっくりと首をかしげ、唇をわずかに動かした。
『小さき人の子。汝は“蒼の印”を持つ者か』
「しゃ、喋った!?」
直哉は尻もちをついた。
狼はどこか楽しげに目を細めた。
『恐れるな。我は“灰狼族(はいろうぞく)”の老。名はヴァルグ。
その印の光を感じて来た。久しく見ぬ色だ……。』
「この印……知ってるの?」
『ああ。魂を渡る者の証だ。かつて、この森の外で“蒼き契約”が結ばれた』
蒼き契約――その言葉が、彼の胸の光を強くした。
どこか遠くで、誰かが同じ光を放っているような感覚。
(……お姉ちゃん?)
直哉は胸を押さえ、ぼんやりと空を見上げた。
濃い霧の上、青白い光が微かに瞬いている。
その時、空気が震えた。
光が一瞬、形を変えたのだ。
――竜の姿に。
直哉の目が見開かれる。
(あれ……知ってる。どこかで、あの光を感じたことがある……!)
ヴァルグは低く唸った。
『どうやら、お前の“縁”が動き出したようだな。
森を抜けねばならぬ。この地は呪われている。』
少年は立ち上がり、必死に頷いた。
「……行くよ。行かなくちゃ。家族を、探すんだ。」
ヴァルグはその目に微笑を浮かべた。
まるで、かつて同じ誓いを立てた者を見たかのように。
『ならば教えよう、人の子よ。
この世界は《セレスティア》。
魂を渡った者は皆、“導きの印”を持つ。
その光を辿ることで、汝の望む“縁”に近づける。』
「印が、道を教えてくれるの?」
『そうだ。だが代償も伴う。お前の命は、その印に繋がれている。
強く願えば願うほど……早く燃え尽きる。』
直哉は沈黙した。
まだ幼い彼に、その意味は完全には理解できなかった。
けれど、胸の奥にある光だけは確かに感じていた。
それは“姉の願い”に呼応するような温もりだった。
「それでも、いい。だって、あの光が呼んでるんだ」
ヴァルグは頷き、ゆっくりと歩き出した。
その後ろを、直哉は必死に追いかける。
霧が少しずつ晴れ、森の向こうに星空が見え始めた。
そして、少年の手の中の光が、再び脈を打った。
――彼方で、少女の印が応えた。
“紗奈と直哉”、二つの蒼が初めて共鳴する瞬間だった。
* * *
夜空に、二つの流星が交差した。
遠く離れていても、二人の魂は確かに繋がっている。
それが、異世界の運命を揺るがす“再会の予兆”になることを、
この時の彼らはまだ知らなかった。
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