第12話 祈りの果てに

 ——光が、瞼の裏を焼いた。

 目を開けると、そこは眩しいほど白い空間だった。

 天井も壁も純白に輝き、どこからともなく聖歌のような旋律が流れている。


 「……ここは?」

 身体を起こすと、全身に布が巻かれていた。包帯のようでもあり、儀式着のようでもある。

 目の前には、金の装飾を施した鏡が立てかけられていた。


 ——鏡の中の自分は、まるで別人のようだった。

 青白い肌。瞳の色は薄い灰に変わり、髪には銀の筋が混じっている。

 事故の直後の記憶を探そうとしたが、激しい頭痛がそれを遮った。


 「……健二……悠斗……?」

 呼びかけても、返事はない。

 代わりに、静かな足音が響いた。


 「目を覚まされたのですね。——“聖女ミサリア”様」


 声の主は、白衣をまとった神官だった。

 彼は深く頭を下げ、恭しく手を差し出す。


 「ここは《サルヴァリア神国》。貴女は神の奇跡により、この地へと遣わされた方です」

 「……聖女?」

 「はい。『銀の星の御使い』。救済の象徴として——」


 美咲は混乱しながらも、その言葉に抗う気力がなかった。

 身体の奥から、妙な温もりが込み上げてくる。

 その熱は、まるで体内に“光”が流れているようだった。


 神官は彼女を導き、聖堂の中央へと案内する。

 高い天井、数えきれぬ燭台。

 祭壇の奥には巨大なステンドグラスがあり、中央には双月を抱いた女神の像が立っていた。


 ——どこかで見たような気がした。

 夢の中、いや、もっと深い記憶の底で。


 「皆が貴女の目覚めを待っていました。どうか、この国をお救いください」

 「……救う? 私が?」

 神官は頷いた。

 「《聖教会》の預言に記されています。“白き月の民、銀の光とともに来たり、世界を浄化せん”と」


 美咲の胸に、微かな寒気が走った。

 ——聖教会。

 その名は、遠く離れたどこかでも耳にしている気がした。

 (まさか……悠斗たちと関係が?)


 その瞬間、ステンドグラスが淡く光った。

 美咲の意識の奥に、声が響く。


 《——この世界は、壊れつつある。あなたたちが来たのは、必然。》


 「誰……?」

 《門は開かれ、欠片は散った。あなたは“調律者”。均衡を保つための存在。》


 声は、やがて途絶えた。

 周囲の神官たちは何も気づいていない。

 ただ一人、美咲だけがその“囁き”を聞いていた。


     * * *


 数日後。

 美咲は“聖女ミサリア”として神国の民に祈りを捧げていた。

 聖堂前の広場には多くの人々が集まり、彼女の姿を見ると一斉にひざまずく。

 「おお、聖女様……! 神の恵みを!」

 「病の子をお救いください!」


 彼女の手が人々に触れると、淡い光が溢れた。

 驚いたことに、本当に傷や病が癒えていく。


 ——これは、奇跡なのか?

 それとも……この世界が持つ法則なのか?


 夜、美咲は自室でその感覚を確かめていた。

 掌に意識を集中すると、微弱な光の粒が生まれる。

 「これが……魔法?」

 息を吸い込み、試しに床の花瓶に触れる。

 枯れていた花が、瞬く間に瑞々しい色を取り戻した。


 力を得たという実感と同時に、心の奥に不安がよぎる。

 ——私が聖女に選ばれた理由は何?

 ——そして、“調律者”とは……?


     * * *


 翌朝。

 神国の高司祭・エドガルが美咲のもとを訪れた。

 「ミサリア様、聖導師セラフィア様より文が届いております」


 その名を聞いた瞬間、美咲の心臓が跳ねた。

 どこかで聞いた覚えのある名。

 (セラフィア……悠斗を襲った相手と同じ?)


 封を開けると、整った筆跡で短い文が記されていた。


 > 《——銀の聖女へ。欠片の一つ、貴女の内に宿る。

 >   “門”が開かれる時、再び巡り会うでしょう。》


 指先が震えた。

 “門”——その言葉が、まるで運命の鍵のように胸に突き刺さる。


 (やっぱり……家族は、この世界のどこかにいる)


 美咲は窓辺に立ち、双月を見上げた。

 あの光の向こうに、きっと——。

 「……健二。みんな。私はここにいる。必ず、見つける」


 その祈りは、静かに夜空へと消えていった。



---


設定補足(母・美咲パート)


◆サルヴァリア神国

東方の宗教国家。聖教会の総本山白の塔を擁する国。

教義のもとに民を統治しており、異界の現象を“神の御業”と信じる。


◆聖女ミサリア(=美咲)

本名・橘美咲。転生後、聖女として崇められている。

“光属性の調律魔力”を持ち、癒しと浄化に特化した奇跡を起こす。

しかし、その力は本来この世界のものではなく、彼女の内に宿る“異界の欠片”によるもの。


◆調律者(ちょうりつしゃ)

世界の均衡を保つために選ばれた存在。

異界の波動を制御し、門の開閉に関与できる。

その意味はまだ本人にも理解できていない。

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