第11話 聖教会の影

 夜明け前、王都ルメリアの空は灰色の霧に覆われていた。

 早朝の鐘が鳴る前、アルトリア魔法学院の地下では、重く湿った空気が漂っている。

 石壁に刻まれた封印陣が淡く光り、囚われたひとりの男を照らしていた。


 《収集屋》の生き残り。

 悠斗を襲った暗殺者のひとりだった。

 名を聞いても答えず、頑なに沈黙を貫いていたが、魔導警備局の取り調べが始まると様子が変わった。


 「……俺を殺す気はないのか?」

 「状況次第だ」

 リオネルが腕を組み、冷たい目で見下ろす。

 その隣にはアリア、そして悠斗も立ち会っていた。

 「お前たち《収集屋》は、誰の命令で動いている?」

 「命令? ……そんな高尚なもんじゃねぇ」

 男は乾いた笑いを漏らす。

 「俺たちはただ、“聖導師様”の指令に従っただけだ」


 アリアが眉をひそめた。

 「聖導師……? 聖教会の、あの?」

 「ああ。セラフィア様だ。白の塔に住む巫女。異界の門を研究しているお方だよ」


 その名を聞いた瞬間、部屋の空気が張りつめた。

 アリアは小さく息を呑む。

 「……やはり、聖教会が絡んでいたのね」

 「聖教会って、なんなんだ?」悠斗が尋ねた。

 「この国の最大宗派。光と秩序を司るとされる神“ルシエル”を崇める組織よ。

  でも……裏では異界研究をしているという噂がある。転移者を“神の贈り物”と呼び、力を集めているの」


 「贈り物……?」

 悠斗の胸に、嫌な予感が広がった。

 男は、痛みを堪えるように顔を歪めながら続ける。

 「俺たちに与えられた任務はただひとつ。“異界波動を持つ個体”を確保せよ。

  ——神の門を開くために」


 「神の門……?」

 「聖導師様は言っていた。“異界の民は、門の欠片を宿す”。

  お前たちは、この世界を繋ぐ鍵なんだよ」


 その瞬間、悠斗の背筋が冷たくなった。

 まるで、見えない鎖で引き寄せられているような感覚。

 “異界の門”——自分たちがこの世界に来た理由が、そこにある気がした。


 リオネルが短く舌打ちし、男を睨みつけた。

 「セラフィア……聖教会の上層が動いているってわけか」

 「単なる狂信者ってわけでもなさそうね」アリアが呟く。

 「でも、どうして悠斗を?」


 悠斗は小さく首を振った。

 「わからない。でも、俺たち家族がバラバラに転生したのは……偶然じゃないのかもしれない」


 そう言ったとき、地下牢の封印陣が淡く震えた。

 アリアが警戒して杖を構える。

 「……誰かが、結界を操作してる?」


 次の瞬間、光が弾けた。

 囚われていた男の身体が黒い煙に包まれ、崩れ落ちる。

 「なっ——!」

 リオネルが駆け寄ったが、すでに遅かった。

 男の身体は塵となり、完全に消滅していた。


 「自壊魔法……!」アリアが青ざめる。

 「口封じか……聖教会め、徹底してやがる」


 沈黙の中、悠斗は崩れた灰を見つめていた。

 “神の門”

 “欠片”

 そして“聖導師セラフィア”


 ——それらが、自分たち家族とどう関係しているのか。


     * * *


 昼。

 学院の大講堂では、教師たちが緊急会議を開いていた。

 魔導警備局の調査結果が報告されるが、結論は曖昧だった。


 「聖教会本部への調査は難しい。彼らは“王の庇護”を受けている」

 「学院としては、学生を保護するしかない」


 アリアは静かに拳を握りしめた。

 「……それじゃ、悠斗はまた狙われる」

 「守るだけでは足りない」リオネルが低く言う。

 「敵の目的を掴まなきゃ、根本は変わらねぇ」


 議論が続く中、悠斗は窓の外を見ていた。

 遠く、聖教会の尖塔が空を突き刺すように立っている。

 その先端には、光を受けて白く輝く紋章。


 “光は真実を照らす”と刻まれたその標語が、皮肉のように見えた。


     * * *


 夜。

 悠斗の部屋にアリアが訪ねてきた。

 「眠れないの?」

 「……あんまり」


 窓辺に並び、二人で夜空を見上げる。

 双月が静かに輝いていた。

 「アリア。俺、もし——本当に“異界の欠片”だったら、どうすればいい?」

 「あなたが何であっても、今ここにいることに変わりはないわ」

 アリアはまっすぐ彼を見つめる。

 「私たちはあなたを守る。それが学院の使命でもあり……私の、願いでもある」


 言葉を失い、悠斗は微かに笑った。

 「……ありがとう」


 だが、その穏やかな瞬間を裂くように、外から鐘の音が響いた。

 ——非常警報。

 「学院南門、侵入者発生!」


 二人は同時に立ち上がる。

 夜空の下、白衣を纏った影がひとり、月明かりに浮かんでいた。


 金色の杖を手に、口元には微笑。

 その瞳は、狂気と慈愛が同居していた。


 「——ようやく会えましたね、“異界の子”。」


 アリアが息を呑む。

 「まさか……聖導師セラフィア!?」


 悠斗の脳裏で、何かが弾けた。

 運命が、再び動き出す音がした。


     * * *


🌙設定補足(第11話時点)


◆聖教会(せいきょうかい)

王国における最大宗教機関。

建前上は“光と秩序”の神ルシエルを崇める平和の教団だが、裏では異界由来の力を研究する「聖導師部門」が存在する。


◆聖導師セラフィア

白の塔に居住する高位神術師。

異界の門と転生者に強い関心を持ち、彼らを“神の欠片”と呼ぶ。

その目的は「真なる神の降臨」——だが、その真意はまだ謎に包まれている。


◆異界の門

かつて神代に存在したとされる次元の裂け目。

この門を通じて異界と繋がることが可能とされ、開門には“異界波動”を持つ存在が必要。

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