第10話 影の狙撃者
夜の王都ルメリアは、昼間とはまるで別の顔を見せる。
昼は魔導都市として人々で賑わうが、日が沈むと、光の届かない路地裏に闇が息を潜める。
その闇の中、黒い外套をまとった数人の影が動いていた。
「標的の居場所は?」
「アルトリア魔法学院。寮区画・東棟。対象は“異界波動”を持つ少年」
「例の“転移個体”か……」
低い声が応じ、銀の短杖が月光を反射した。
彼らは《収集屋(コレクター)》と呼ばれる存在。
異世界から流れ着いた“異質なもの”を捕獲し、裏組織へと売り渡す闇の商人たちだ。
「今度のは高く売れる。下手な魔導核より価値があるらしい」
「生け捕りが条件だ。傷を付けるな。——神術師が欲しがっている」
「了解」
月明かりが彼らの仮面を照らした。
それは人間の形をしていながら、人ならぬ冷たさを帯びていた。
* * *
一方その頃。
悠斗は学院の訓練場で、ひとり魔力制御の練習をしていた。
(流れを感じて、整える。呼吸と合わせて——)
掌の上に小さな火球が生まれる。以前より安定している。
「……よし」
制御法を覚え始めた今、悠斗の成長は目覚ましかった。
リオネルはそんな彼を見つけて、からかうように声をかける。
「お、また残ってんのか? 真面目だなぁ」
「少しでも慣れないと。授業で暴走したらまた目立つし」
「お前はもう充分目立ってるけどな」
そこへ、アリアが通りかかった。
「また訓練? ——熱心ね」
「制御が難しくて」
「焦る必要はないわ。魔力は力じゃなく、意思よ」
そう言って、アリアは彼の手に触れた。
その瞬間、悠斗の体内を巡る魔力の流れが、驚くほど穏やかになる。
「……これが、制御?」
「違う。共鳴よ。あなたの魔力は不安定だけど、調和すれば形になる」
彼女の瞳が真剣に揺れた。
「……まるで“異界波動”みたい」
「いかい……?」
「普通の人間には存在しない波動。異界から来た魔導具や、神代遺物に宿る特異な魔力。
——あなた、それを持ってる」
悠斗の胸に冷たいものが走る。
まさか、自分の“出自”がそんな形で現れるとは思っていなかった。
* * *
その夜。
寮の屋根の上に、黒い影が三つ、音もなく着地した。
「標的はこの建物だ。魔力反応、確認済み」
「迎撃防御、展開。沈黙を保て」
月を背に、彼らは屋根を伝いながら接近する。
——しかし、彼らは知らなかった。
この学院の防衛結界には“異界波動”の感知機構が組み込まれていた。
不審な魔力が侵入した瞬間、寮舎の上空に淡い紋章が浮かぶ。
「ッ……結界反応!?」
「罠か!」
光の網が展開し、彼らを包み込む。
だが一人の男——隊長格が瞬時に詠唱を行った。
「《影走り(シャドウ・ステップ)》!」
闇が波打ち、彼は結界の隙間を抜け出した。
狙いは、ただひとり。
“異界波動を持つ少年”——悠斗。
* * *
深夜。
悠斗は突然、胸の奥にざらついた違和感を感じて目を覚ました。
(……誰か、いる?)
部屋の外で、微かな魔力の振動を感じる。
扉が静かに軋み、黒い影が入り込んだ。
「おとなしくしろ。“異界の欠片”」
その言葉と同時に、銀の刃が閃く。
悠斗は咄嗟にベッドを蹴って飛び退いた。
刃が枕を裂き、綿が舞う。
「何者だ!」
「お前を“元の世界”に還してやる」
——その声に、悠斗の心臓が跳ねた。
“元の世界”という言葉。
まるで自分の正体を知っているかのようだった。
相手は容赦なく突き込んでくる。
悠斗は反射的に魔力を放つ。
「《フレア・ランス》!」
炎の槍が闇を切り裂き、敵の外套を焦がす。
だが相手は素早く影の中に消えた。
「ほう……初撃で致命傷を避けるとは」
低い声。再び刃が現れ、悠斗の頬を掠めた。
痛みとともに、胸の奥の何かが弾ける。
(……また守れないのは、嫌だ!)
思い出したのは、あのトンネルの光景。
家族を守れなかった自分。
今度こそ、何も奪わせない。
「《火霊解放(フレイム・リリース)》!」
爆発的な光が寮室を包み、敵の影が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられた男は血を吐きながら、それでも不敵に笑った。
「やはり……異界の力だ……。神術師様が……お喜びに……」
そのまま意識を失い、動かなくなった。
悠斗は呆然と立ち尽くした。
焦げた匂いと、夜風。
自分の放った炎が、床を焼き焦がしている。
そのとき、扉が破られ、駆け込んできた声が響いた。
「ユウト!」
アリアとリオネルが駆けつけていた。
「大丈夫!? 魔力の暴走反応が出てたけど!」
「……襲われた。黒い外套の連中に」
アリアの顔が険しくなる。
「まさか……“収集屋”?」
「知ってるのか?」
「異界の遺物や転移者を狩る組織よ。学院の防衛網を破るなんて……」
彼女の声には怒りと、わずかな恐怖が混じっていた。
リオネルが剣を抜いたまま、窓の外を見張る。
「仲間がまだいるかもな。警戒しよう」
悠斗は深く息を吐き、焼け焦げた床を見下ろした。
(——異界波動。俺がここにいるせいで、また誰かが狙われる)
アリアが小さく首を振り、彼の肩に手を置いた。
「いいえ。あなたが狙われる理由があるのなら、私たちが調べる」
「え?」
「学院は、あなたを守る場所でもある。——仲間なんだから」
その言葉が、夜の冷たい空気に溶けた。
悠斗は小さく頷き、空を見上げる。
二つの月が、静かに並んでいた。
だが、その月の向こう。
“誰か”が彼らを見ていた。
王都の最奥、聖教本部の尖塔にて。
白衣の老人が、結界水晶の揺らぎを見つめ、微笑んだ。
「……見つけたぞ、異界の欠片」
* * *
設定補足(第10話時点)
◆収集屋(コレクター)
異界由来の存在・遺物を密売する闇組織。
一部は宗教団体「聖教会」とも繋がっている。
転生者を“異界の欠片”と呼び、特異な魔力を利用しようとする。
◆異界波動
通常の魔力と異なる周波数を持つエネルギー。
神代の魔術装置や、異世界転移者に特有の波長。
この波動は強力だが、不安定で暴走の危険を孕む。
◆学院防衛結界
王都でも最先端の魔導結界。侵入者の魔力を感知・捕捉できるが、“影走り”のような高位の移動魔法には完全対応できない。
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