第9話 学院生活の始まり
王都ルメリアの朝は、鐘の音とともに始まる。
悠斗は、学院の寮の小さな部屋でその音を聞きながら目を覚ました。
木製の机、洗いざらしの白布、壁に掛けられた魔導灯。
簡素だが清潔な部屋だった。
窓を開けると、朝日が校舎の尖塔を照らしている。
中庭では学生たちが談笑し、空には浮遊魔道具で移動する教師の姿も見える。
異世界での“学生生活”が始まったのだ。
(……本当に、受かったんだな)
まだ夢のようだった。
ほんの数週間前まで森をさまよい、死にかけていた自分が、今は名門学院の一員になっている。
* * *
入学初日。講堂では新入生たちが整列していた。
壇上に立つ学院長——雷帝レオン・ヴァルクスの姿を見た途端、会場が静まり返る。
「諸君。魔導とは、力そのものではない。己の知と意志を示すものだ」
低く響く声が、空間を震わせた。
「力に溺れる者は滅びる。だが、力を恐れる者もまた滅びる。覚えておけ」
その言葉に、悠斗は思わず息を呑んだ。
(……この人は本気で、この世界を生き抜いてきたんだ)
式が終わると、各クラスの名簿が掲示された。
悠斗は「第一学年・A組」に配属されていた。
* * *
A組の教室は、学院の最上階にあった。
円形の部屋には十数人の生徒が座り、魔法書や杖を手にしている。
すでに貴族同士でグループができており、悠斗はやや居心地の悪さを感じていた。
「おい、そこの君。空いてる?」
声をかけてきたのは、茶髪の少年だった。
明るい笑顔で、豪奢なローブを着ている。
「俺はリオネル・ヴェルハイト。よろしくな」
「ユウト・アサヒです。こちらこそ」
握手を交わした瞬間、周囲の女子がひそひそと囁いた。
「ヴェルハイト家の次男……あの魔導貴族の……!」
リオネルは貴族だが、気さくで人懐っこい。
その明るさに救われ、悠斗の緊張は少しずつほぐれていった。
「見た感じ、平民出だろ? でも魔力量、すげぇって噂だぜ。
試験の水晶、壊したって本当か?」
「……まあ、少しだけ」
「ははっ、やっぱ伝説だったか!」
教室の後ろから、別の声が飛んだ。
「へぇ、そんな噂話、信じるのか?」
振り返ると、銀髪の少女が座っていた。
冷たい瞳。背筋の通った姿勢。
名札には「アリア・ノクス」と書かれている。
「魔力量が多いだけじゃ魔導士にはなれないわ。制御ができなければ暴走するだけ」
「そうかもな。でも、やってみなきゃ分からない」
悠斗が答えると、アリアはわずかに口の端を上げた。
「ふん、口だけじゃないことを祈るわ」
彼女は王都でも有名な“ノクス家”の令嬢。
光と闇の両属性を扱う天才少女として知られていた。
その冷たい目が、どこか悠斗に“興味”を抱いているようにも見えた。
* * *
午前の授業は「基礎魔力制御」。
講師は壮年の魔導士で、初歩のエネルギー循環法を教えていた。
「魔力は呼吸と同じ。吸い、巡らせ、放つ。その流れを意識せよ」
生徒たちは目を閉じ、体内の魔力を感じ取ろうとする。
だが、悠斗の体内には異常なほどの魔力が渦巻いていた。
(……多すぎる。流れが荒れてる)
呼吸が乱れ、周囲の空気が震える。
講師が眉をひそめた。
「おい、アサヒ! 制御を——」
その瞬間、机の上の魔導灯が爆ぜた。
ぱんっ! と光が弾け、煙が上がる。
教室がざわつく中、悠斗は慌てて魔力を収束させた。
「す、すみません!」
「ふん、やっぱりね」
アリアが小さく呟く。
講師は腕を組み、しかし怒鳴ることはなかった。
「悪くない。量に呑まれずに意識を戻せたのは上出来だ。次は制御法を教えよう」
その言葉に、悠斗は胸を撫で下ろした。
* * *
昼休み。中庭の噴水前。
リオネルがパンをかじりながら言った。
「なぁユウト。放課後、魔導訓練場行かね? アリアも誘ってさ」
「なんで俺まで……」
「強いやつとやり合うのが一番早いんだよ。な?」
結局、放課後には三人が訓練場に集まっていた。
夕日が差し込む中、アリアが杖を構える。
「先に言っておくわ。手加減はしない」
「望むところだ」
魔力が空気を震わせる。
リオネルが口笛を吹いた。
「おーおー、恋の火花ってやつか?」
「うるさい」二人同時に返す声。
次の瞬間、火球と光刃が交錯した。
爆風が巻き上がり、砂塵が舞う。
悠斗は全力で立ち向かいながら、自分の中の魔力の流れを掴もうとしていた。
(見える……光の線だ。流れを整えれば——!)
「《フレア・ランス》!」
炎の槍がアリアの盾を貫き、背後の壁を焦がした。
アリアの目がわずかに見開かれる。
「……今の、詠唱省略?」
「やってみたら、できた」
「……面白い」
彼女の口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。
* * *
夕暮れ。
訓練を終えた三人は並んで歩いていた。
空には二つの月が並び、学院の尖塔が影を落としている。
「なぁユウト。お前、どこ出身なんだ?」
「……東の方、だと思う」
「思う?」
「記憶が、ちょっと曖昧でさ」
リオネルは気まずそうに笑い、アリアは少しだけ視線を落とした。
悠斗の胸の奥には、いつもぼんやりとした“前の世界”の残像があった。
父と母、弟と妹——そして、あの光。
(みんな、どこかで生きているのか……)
夜風が頬を撫でた。
彼はそっと空を見上げ、呟いた。
「いつか必ず……見つけ出す」
アリアがちらりと彼を見る。
「誰かを探しているの?」
「……家族を」
その言葉に、彼女の瞳がわずかに揺れた。
「……そう。なら、見つかるといいわ」
二つの月が静かに重なり、学院の夜が訪れた。
悠斗の“異世界の学生生活”は、今まさに始まったばかりだった。
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設定補足(第9話時点)
◆アルトリア魔法学院・A組
・新入生の中でも特に成績上位者が配属される特進クラス。
・教員陣も王国有数の魔導士ばかり。
◆主要登場人物
リオネル・ヴェルハイト:炎属性の中級魔導士。陽気で人望が厚く、王都の有力貴族の次男。
アリア・ノクス:光と闇の二属性を持つ天才少女。冷静沈着だが、感情を表に出すことは少ない。
ユウト・アサヒ(悠斗):異世界から転生した少年。潜在魔力量は異常値。現在は制御訓練中。
◆魔力制御理論
・魔力は“精神の波”として体内を循環している。
・過剰な魔力量を持つ者は精神的均衡を崩しやすい。
・悠斗の魔力の質は「異界波動」と呼ばれる特殊な周波数を持つ。
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