第8話 学院への扉

 朝靄の王都に鐘の音が鳴り響いた。

 それは、アルトリア魔法学院の入学試験が始まる合図だった。


 王都の北区、円形の試験場。

 石造りの巨大な門を前に、百人以上の若者たちが列をなしている。

 服装も年齢もまちまち。貴族風の少年もいれば、冒険者らしい者もいる。

 その中に、簡素な外套姿の悠斗もいた。


 (……緊張するな)

 深呼吸しながら門を見上げる。

 白い石壁には、王国の紋章が刻まれていた——二つの月と、交差する杖。


 ギドの推薦状を握りしめながら、悠斗は一歩を踏み出した。


     * * *


 試験は二部構成だった。

 第一は「魔力量測定」。

 第二は「制御実技」——つまり、魔力をどれだけ自在に扱えるか。


 控室で待つ間、周囲の受験生たちがざわついていた。

 「今年は学院長自ら審査するらしいぞ」

 「マジか、あの“雷帝”が?」

 「不合格率、八割超えだってさ……」


 雷帝——その異名を持つ魔法使い、レオン・ヴァルクス。

 学院の創立者にして、現役の最強魔導師。

 悠斗は心の奥に小さな不安を覚えた。


 (でも……ここまで来たんだ。逃げるわけにはいかない)


     * * *


 最初の試験場は広いホールだった。

 中央に青い水晶柱が立っており、受験者が順に手をかざしていく。

 水晶は魔力量に応じて光を放つ仕組みらしい。


 「次、ユウト・アサヒ」


 呼ばれた名に、悠斗は一瞬だけためらった。

 ——偽名だが、今はそれが彼の“この世界での名”だ。

 ゆっくりと水晶の前に立ち、手をかざす。


 温かな感覚が掌を包み、体の中を巡っていく。

 水晶が一瞬、淡く光った——と思った次の瞬間、

 眩い閃光が会場を満たした。


 「なっ……!?」

 「水晶が……割れた!?」


 ぱりん、と乾いた音が響き、青い破片が宙に舞った。

 会場が騒然となる。

 悠斗は呆然と手を見つめていた。


 「おい、あの少年の魔力量……」

 「上限値を超えてる……? ありえない……!」


 係員が慌てて走り寄る中、ひとりの男が足音を立てて進み出た。

 白髪に金の瞳。年齢不詳の気配。

 黒衣の袖口からは、雷のような光がちらついている。


 「面白い子だな」

 その声だけで、空気が震えた。

 ——雷帝レオン・ヴァルクス。


 「名は?」

 「ユウト・アサヒです」

 「出身は?」

 「東の辺境の村、です」


 男は微かに笑った。

 「嘘をつくのが下手だな。だが、気に入った」


 そのまま彼は試験官に何かを告げ、悠斗の肩に手を置いた。

 「君の制御を見る。ついて来い」


     * * *


 第二試験場——屋外の魔法演習場。

 風が強く、地面には焦げ跡がいくつも残っていた。

 悠斗は中央に立ち、周囲の視線を感じていた。

 レオンが杖を掲げ、短く言う。


 「簡単だ。目の前の的を破壊してみせろ」


 距離、二十メートル。鉄でできた標的。

 悠斗は息を整えた。

 火のイメージを思い浮かべる。

 ——灯る光。燃え上がる熱。


 「《フレア・ショット》!」


 放たれた火球が一直線に飛び、的を貫いた。

 轟音。炎が柱のように立ち上がる。

 見物していた受験者たちが息を呑んだ。


 「すげぇ……!」

 「詠唱なしだぞ!?」


 レオンは静かに頷いた。

 「制御も悪くない。だが——」


 次の瞬間、雷光が走った。

 レオンが杖を振り下ろすと、稲妻が地を裂いた。

 そのまま悠斗へと向かってくる。


 「っ!?」

 咄嗟に両手を交差させ、魔力を展開。

 光の盾が現れ、稲妻を受け止めた。

 衝撃で膝が砕けそうになる。


 「……防いだ、だと?」

 見物人たちがざわめく。


 レオンは満足げに笑った。

 「いい反応だ。合格だ、ユウト・アサヒ」


 その言葉に、悠斗の胸が熱くなった。

 やっと……異世界で、何かを掴めた気がした。


     * * *


 試験が終わり、王都の夕暮れが赤く染まる。

 門を出たところで、誰かが手を振っていた。


 「ユウト!」

 ルーナだった。

 彼女は笑顔で駆け寄ってくる。

 「受かった?」

 「うん。なんとか」

 「よかった……!」


 その笑みは、どこか安堵に満ちていた。

 だが次の瞬間、彼女の耳がぴくりと動いた。

 路地の陰から、黒い影が一瞬覗く。

 あの“収集屋”の印章が、壁に描かれていた。


 悠斗の胸に、冷たい感覚が走った。

 この街の闇は、まだ終わっていない。


 ルーナが小さく呟く。

 「気をつけて。あいつら、諦めないから」


 「……ああ。俺も、もう逃げない」


 二つの月が昇る。

 王都の光の中で、少年は確かに前を向いていた。

 それは、新しい日々の始まりの光だった。



---


🌙設定補足(第8話時点)


◆アルトリア魔法学院(正式名称:アルトリア王立魔導学院)

・王都ルメリア北区に位置する学術都市型施設。

・六系統の魔法学科(炎、水、風、土、光、闇)に加え、

 特殊系統「無属性応用術(アーク)」が存在する。

・学院長:レオン・ヴァルクス(通称“雷帝”)。

・在学生:約千名。軍にも卒業生を輩出する名門。


◆雷帝レオン・ヴァルクス

・年齢不詳。人族。

・王国最強の魔導師。雷属性の魔法を極限まで操る。

・悠斗に潜在的な“異界の力”を感じ、興味を抱く。


◆魔力量測定水晶

・魔力の流量と質を視覚化する測定具。

・青白く輝くが、上限値(基準値3000)を超えると破損する。

・悠斗の測定時、推定値は「6000以上」。



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