第6話 王都への道
翌朝、霧が立ち込めるアーレンの町を出発した。
ギドの荷馬車は、王都ルメリアへと続く街道を北西に進む。
「ユウト、森を抜けるまでは気を抜くなよ。魔獣の縄張りだ」
「魔獣って……そんなに頻繁に出るんですか?」
「人の少ねぇ場所じゃな。昨日も護衛隊が二人やられたって話だ」
悠斗はごくりと唾をのんだ。
この世界の“死”は現実のものだ。
父の教えを思い出す。
——見知らぬ土地では、油断するな。
彼は荷馬車の後部に座り、森の奥を見張った。
風が冷たい。
木々の間を何かが動いたような気がする。
「ギドさん……」
「わかってる。静かにしろ」
ギドは腰の剣に手をかけ、馬を止めた。
草むらが揺れる。
次の瞬間、黒い影が飛び出した。
「グルルルッ!」
狼だった。
いや、ただの狼ではない。
体毛が煤のように黒く、目が赤く光っている。
背丈は人間ほどもある。
「シャドウウルフだ、くそっ!」
ギドが叫ぶと同時に剣を抜く。
狼が跳びかかる。
金属の音と共に火花が散った。
悠斗は息を呑んだ。
ギドの剣捌きは素早く、獣の牙を弾き返す。
だが、数が多い。
茂みから次々と黒い影が現れた。
「三体……四体……!」
「荷馬車を守れ! 魔法は使えるか!」
魔法——。
悠斗は震える手を見た。
昨日の夜、灯した光球を思い出す。
——やるしかない。
彼は両手を前に出し、深呼吸した。
体の内側を流れる熱に意識を集中する。
目を閉じ、心の中でイメージを描く。
「燃えろ」
掌の前に、赤い火球が生まれた。
狼たちが怯み、唸り声を上げる。
悠斗はそれを——放った。
「――ッ!」
爆ぜるような轟音。
火の玉が地面に当たり、炎が一瞬で広がった。
焦げた草と獣の匂いが鼻を刺す。
「やった……!」
その声に、ギドが振り向いた。
「今の……お前が?」
「はい……多分、炎の魔法です」
ギドは驚き、そして笑った。
「すげぇな、ガキ。初めてでこの威力か!」
だが喜ぶ暇はなかった。
最後の一体が、馬車の陰から飛びかかってきた。
悠斗はとっさに身をかがめ、反射的に手を突き出す。
今度は光。
強烈な閃光が弾け、狼が怯んだ。
ギドがその隙に剣を振るい、喉を裂いた。
沈黙が戻る。
焦げた臭いと煙の中、悠斗は膝をついた。
体中の力が抜ける。
恐怖と、興奮と、現実感。
「……これが、戦うってことか」
ギドがそっと肩を叩いた。
「上出来だ。生き延びた。それが一番大事だ」
* * *
森を抜けた頃には夕日が傾いていた。
丘の向こうに、王都ルメリアの尖塔が見える。
光を受けて金色に輝くその姿は、まるで幻のようだった。
「着いたな」
ギドが微笑んだ。
「この先は街の検問がある。名前と出身を聞かれるが……適当に“東方の村の生まれ”と言っておけ」
「はい」
悠斗は頷いた。
この世界で、彼の“本当の出身”を話せる相手などいない。
やがて門前に辿り着くと、鎧をまとった衛兵が声を張り上げた。
「身分証を!」
ギドが商人証を見せると、悠斗に目を向けた。
「少年は?」
「弟子だ。学院志望でね」
衛兵は訝しげに見つめたが、通行を許した。
* * *
王都は活気に満ちていた。
広場には露店が並び、行き交う人々の服装もさまざま。
耳が尖った者、角を持つ者、尻尾を揺らす者。
異種族が共に暮らしている。
「……すごい」
悠斗の目が輝いた。
ギドが笑う。
「これがルメリアだ。お前の新しい“故郷”になるかもしれんな」
そう言って、彼は一枚の紙を渡した。
「魔法学院の推薦状だ。俺の名を出せば門前払いにはならん」
「……ありがとうございます」
ギドは肩をすくめた。
「礼はいい。代わりに、いつか稼げるようになったら一杯奢れ。それでチャラだ」
悠斗は笑った。
心の底から、初めて“この世界で生きていこう”と思えた。
* * *
夜。
宿の窓から二つの月を見上げながら、悠斗は小さく呟いた。
「母さん……父さん……紗奈、直哉……」
どこにいるのかもわからない。
けれど、確かに同じ空の下にいる。
この世界で、必ず見つけ出す。
彼は手のひらを開き、光の粒を生み出した。
それはまるで、家族の記憶を灯す小さな焔のように——夜の闇を照らした。
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設定補足(第6話時点)
◆魔獣:シャドウウルフ
闇属性を帯びた狼型魔獣。群れで行動し、夜間は視覚が強化される。
討伐経験者によると、光や炎に弱い。
◆王都ルメリア
ルメリア王国の首都。人口約十万。
魔法技術の中心地であり、多種族共存の象徴とされる。
学院・冒険者ギルド・王城が三角形を成す地形に築かれている。
◆アルトリア魔法学院
入学資格は“魔力を操れること”。身分不問。
貴族子弟も多いが、平民の学生も一定数存在する。
入学試験は一週間後に行われる予定。
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