第4話 導きの神殿

 村を発って三日目。

 森を抜けた先に、白い石造りの都市が姿を現した。

 高い塔が陽光を反射し、まるで天へ伸びる槍のように輝いている。


 「……あれが神殿都市ミルセリアか」


 健二の声に、隣を歩くリナがうなずく。

 「エリシアの加護が強い場所。……転界者、きっと、ここに」


 風が運ぶ鐘の音が耳を打つ。

 都市の門をくぐった瞬間、健二は圧倒された。

 石畳の道、商人の声、露店に並ぶ果実や鉱石。

 中世ヨーロッパを思わせる街並みの中に、見知らぬ魔法具が溶け込んでいる。


 行き交う人々の多くが、腰に光る結晶を下げていた。

 それが「魔力石」と呼ばれるこの世界の生活基盤だと、リナが教えてくれた。

 火を灯し、水を清め、傷を癒す。

 魔法は日常に溶け込み、人々の暮らしを支えている。


 ——だが、それは同時に力の格差でもあった。


 「魔力の強い者は貴族に、弱い者は平民に。生まれながらに運命が決まる」

 リナの言葉に、健二は無言でうなずいた。

 この世界は、力が支配する構造をしている。

 彼のような“異界の人間”は、どの階層にも属さない——つまり、もっとも危うい立場だ。


     * * *


 神殿の広場は人で溢れていた。

 白大理石の階段を登ると、女神の像が迎える。

 その足元には無数の花束と祈りの灯が捧げられていた。


 「転界者の記録を求めてきた?」

 神殿の司祭が、健二を見つめる。

 「はい。……家族を探しています」


 司祭は静かに書庫の奥へ案内した。

 並ぶ巻物の中には、古代語で刻まれた転界者の記録。

 トーガの言葉どおり、この世界には過去にも“異界の来訪者”が何度か現れているらしい。


 「最近、異界の痕跡を確認した者がひとりおります」

 司祭の言葉に、健二の心臓が高鳴った。

 「それは——!」

 「約一月前、北方の《アルト湖畔》で、奇妙な金属の欠片が発見されました。形は我々の鍛冶では作れぬもの。転界の残滓と考えられます」


 健二の脳裏に、レンタカーの残骸が浮かぶ。

 もしそれが本当にあの車の破片なら——。

 「そこに……家族が?」

 「断定はできません。ただし、その近くで“光に包まれた少年”を見たという証言がございます」


 少年——悠斗。


 希望が一瞬、胸を焦がした。

 だが次の瞬間、司祭の表情が曇る。

 「その少年を見た村は、今は存在しません」

 「……どういうことです?」

 「魔獣の群れに襲われ、跡形もなく……」


 息が止まった。

 視界が揺らぎ、喉の奥が焼ける。

 リナがそっと肩に手を置いた。

 「ケンジ、……まだ、終わってない。生きてる、きっと」


 震える拳を握りしめ、健二は立ち上がった。

 「行こう。……アルト湖へ」


 その瞳には、迷いはなかった。


     * * *


 その夜、神殿都市の片隅で。

 フードをかぶった男が、司祭に声をかけた。


 「転界者が現れた、というのは本当か」

 「……はい。彼は穏やかな人間でしたが」

 「穏やかでも、異界の者であることに変わりはない」


 男の袖口には、黒い蛇の紋章が刻まれていた。

 それは《ヴァルハ=セクト》——転界者を“神への冒涜”とみなし、抹殺する秘密教団の印。


 「神はひとつ。異界の者など不要だ」

 男は静かに呟き、夜の闇に消えた。


 ——その頃、健二はまだ知らなかった。

 自らの存在が、この世界にとって“秩序を乱す異物”として動き始めていることを。



---


補足:設定追加(第4話時点)


神殿都市ミルセリア

導きの神エリシアの総本山。

信仰・魔法・政治が交わる巨大都市国家。

神官の多くが魔力を持ち、神聖魔法を扱う。


◆転界者に関する記録


過去千年で6例。


うち3名は神殿の保護下、2名は消息不明、1名は“災厄の引き金”として処刑。


現在、転界者を恐れる勢力(ヴァルハ=セクト)が暗躍中。



◆リナの背景

神殿都市の出身。母を病で失い、各地を巡る巡礼者として旅していた。

健二に同行する理由は、彼を「エリシアの導き」と信じているため。



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