閑話4-2「血の対価、揺れる刃」
【モードレッド・視点】
翌日、僕がガウェイン様に連れてこられたのは、城の地下深くにある、光の差さない儀式場だった。
湿った空気が肺を刺し、血の鉄臭さが鼻につく。
壁に刻まれた禍々しい紋様は、まるで生きているかのように蠢いて見えた。
中央の祭壇には、黒曜石の杯が一つ。
これから始まる儀式を、静かに待っている。
「遺跡で、ボールス・ロックウェルを相手に、使ったな」
ガウェイン様は、祭壇を背に、静かに言った。
「己の生命力を対価に、奇跡を引き出す力を」
僕の心臓が、ドクリと跳ねた。
見られていたのか。
「あれは、ただの悪あがきだ。本能のままに命を垂れ流しただけの、獣の足掻き」
ガウェイン様は、自らの右腕の袖を捲り、その腕を僕に見せた。
マスクの下から覗く腕には、無数の古い傷跡が、まるで地図のように彼の過去の苦しみを刻んでいた。
「俺が使ったのはガチャではない。もっと旧式の、魂を直接喰らう呪われた武具だった。
だが、力を得るために生命を対価にするという本質は同じだ。
家族を取り戻すために、俺は何度も、その呪いに頼った」
その声は、深い後悔に満ちていた。
「だが、代償は大きい。生命力を削れば削るほど、体は蝕まれ、そして、心もだ」
彼は、自らの胸に手を当てた。
「俺の心臓は、もう正常には動いていない。いつ止まってもおかしくない。
それでも、俺は止められなかった。家族を蘇らせるという、狂気に囚われてな」
その告白に、僕は息を呑んだ。
ガウェイン様は、自分の命と引き換えに、今もこの組織を動かしている。
「いいか、モードレッド。その力は、魂を喰らう悪魔だ。
それでもお前がその力を求めるというのなら……まずは己の魂を捧げるための『儀式』を、お前自身で作り上げろ」
「……儀式?」
「そうだ。本能のままに力を垂れ流すんじゃない。
自らの意志で血を捧げ、対価を払い、力を引き出す。
その一連の動作で、お前の魂に『枷』をはめるんだ。
それができなければ、お前は獣に堕ちるだけだ」
(この力は、自分を壊す。魂を喰らう……)
(だが、今の僕にはこれが必要だ。どんな代償を払ってでも、アーサーへの復讐を果たすためには……!)
ガウェイン様の言葉が、僕の覚悟を決めさせた。
僕は迷うことなく、腰に提げた短剣を抜いた。
刃を、自らの左の手のひらに当てる。
深く、深く、肉を切り裂いた。
「っ……!」
痛みが、脳を貫く。
熱い血が、手のひらから溢れ出し、滴り落ちる。
僕は、その血を、祭壇の黒曜石の杯に満たした。
僕の生命が、液体となって、杯を紅く染めていく。
そして、その杯を、目の前に現れたガチャのスクリーンに捧げた。
「僕の血を受け取れ。代わりに、力をよこせ」
スクリーンが、まるで渇いた獣のように、僕の血を吸い込んでいく。
杯の中の血が、光の粒子となって、スクリーンへと吸い込まれていく。
画面が、禍々しい深紅に染まった。
《クク……美味い。お前の憎しみ、美味い》
脳内に、直接、声が響く。
甘く、誘惑的で、そして恐ろしく冷たい、邪神の声。
《もっと血を。もっと憎しみを。もっと、もっと……》
やがて、光の中から、一対の双剣が現れる。
SSR【影渡りの双剣(シャドウステップ)】。
漆黒の刃は実体が薄く半透明で、まるで影そのもののよう。
柄には血のように赤い宝石が脈打ち、刃身からは黒い霧が立ち上っている。
僕がその双剣を握った瞬間、その能力が脳内に流れ込んできた。
そして同時に、体の奥底から、何かが失われていく感覚。
まるで、魂の一部を奪われたようだった。
「立て。これしきで倒れるな」
ガウェイン様の厳しい声が飛ぶ。
「だが、覚えておけ。その力を御するための修行は、まだ始まったばかりだ」
◇
その日の午後、僕は再び、訓練場に立っていた。
体はまだ、生命力を削った気だるさで重い。
目の前には、組織の中でもガウェイン様が自ら選び抜いた、手練れの男たちが5人、殺気を放ちながら僕を囲んでいた。
「次の修行を始める。全員を、殺さずに無力化しろ」
(殺さずに……?)
命令の意味が、すぐには理解できなかった。
僕の疑念を見透かしたように、ガウェイン様は続けた。
「生命力を糧とする力は、使い手の心を獣に変える。
憎しみに任せて振るう剣は、ただの暴力だ。
お前には、殺す力と、殺さない自制心、その両方を身につけてもらう。
それこそが、真の強者たる王の器だ」
合図と共に、5人の連携攻撃が始まった。
動きが、明らかに鈍い。
「殺さない」という制約が、双剣の切っ先を躊躇させ、致命的な隙を生む。
(なぜ、躊躇する? 殺せば、一瞬で終わるのに。でも……)
脳裏に、不意に、遠い日の記憶が蘇った。
村の広場で、木剣を振り回していた、幼い僕とアーサー。
「なあ、モードレッド! 今日も一緒に訓練しようぜ!」
「ああ。でも、今日は僕が勝つ」
「へへ、負けねえぞ!」
その隣で、「お兄ちゃんもアーサーも、すごーい!」と手を叩いて笑う、妹リリアの顔。
「リリア、見ててね。今日こそ、アーサーに勝つから」
「うん! お兄ちゃん、頑張って!」
夕焼けの中、3人で笑い合った、あの日。
ケイとエレインも一緒に、5人で駆け回った、あの日々。
誰も憎んでいなかった。
誰も憎む必要がなかった。
ただ、幸せだった。
(……ああ、そうか。僕が守りたかったのは、この光景だった)
(殺すための力は、この光景を永遠に遠ざけるだけだ……)
その一瞬の追憶が、僕の剣から迷いを消した。
僕は敵の剣を、殺すためではなく、制するためだけに振るう。
SSR【影渡りの双剣】が、僕の意志に応えた。
影から影へ。
瞬間移動を繰り返し、敵の背後に回り込む。
そして、彼らの影を、剣で縫い留めた。
「なっ!? 体が、動かない!」
5人の男たちが、その場に縛られたように、動けなくなる。
僕は、誰一人として、殺さなかった。
「……合格だ」
ガウェイン様の声が、訓練場に響いた。
その瞳には、満足と、そして、深い悲しみが宿っていた。
「お前は、殺す力と、殺さない自制心、その両方を手に入れた。
だが、覚えておけ。その力を使うたびに、お前の命は削られる。
その双剣は、お前を強くすると同時に、お前を壊す呪いでもある」
訓練が終わり、僕は一人、自室に戻った。
鏡に映る自分の顔は青白く、目の下には濃い隈ができていた。
左手の傷からは、まだ血が滲んでいる。
だが、手にしたSSR【影渡りの双剣】は、確かに強力だった。
(この力があれば、アーサーに勝てる。ボールスにも、対抗できる)
(だが、この力は、僕を壊す。ガウェイン様の言う通り、いつか僕は、自分を見失うかもしれない)
僕は、首に巻いたリリアのスカーフに、そっと触れた。
「リリア。僕は、間違っているのかな」
答えは、返ってこない。
ただ、月明かりだけが、静かに僕を照らしていた。
そして、その夜。
ガウェイン様から、新しい任務が告げられる。
「モードレッド。お前の最終試験だ」
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