第十五話「不動の盾、最初の試練」
「――話にならんのぅ」
岩の上から、失望のため息が聞こえる。
私、ケイ・グラントは、滝に打たれながら、その言葉を、ただ、歯を食いしばって聞くことしかできなかった。
ギデオン殿に課された修行は、常軌を逸していた。
滝に打たれながら、彼が滝の上から投げ込む、数十本の薪を、一本残らず防ぎきれ、と。
その場所から、一歩も動かずに。
(普段使っている、全身を覆う大盾とは違う。この慣れない小さな盾で、どうやって・・!)
一見すれば、単純な修行。
だが、その実態は、地獄そのものだった。
師が投げ込んだ薪は、滝の瀑流に捕らえられ、一本一本が、凶器のような質量と速度を持って、凄まじい勢いで、真上から降り注いでくる。
水しぶきで、ろくに視界も確保できない。
私は、これまでの盾使いとしての経験を総動員して、その薪の豪雨に、必死に食らいついていた。
ガギン! ガッ!
盾に響く、骨まで砕かれそうな衝撃。
そして、防ぎきれなかった薪が、容赦なく、私の頭を、肩を、腕を、打ち据えた。
骨に響くような、鈍い痛みが、全身に蓄積していく。
数十本のうち、数本を取りこぼした私を見て、ギデオン殿は「まだまだじゃのぅ」と、心底つまらなそうに、首を振った。
そして、彼の合図で、滝の上で待機していた別の門下生が、さらに多くの薪を、休む間もなく、滝へと投げ込み始めた。
弾幕が、さらに厚くなる。
その、集中力が途切れかけた、一瞬だった。
薪の弾幕の中に、一本だけ、明らかに速度が違う、黒い影が混じっている。
(薪じゃない!)
それは、滝の水しぶきの中で、鈍い光を放つ、研ぎ澄まされた刃。
その軌道は、偶然か、必然か、私の喉元へと、一直線に向かっていた!
だが、薪を弾いた直後で、すぐに反応できない。
反応が、刹那、遅れた。
(間に合わない!)
死を覚悟した、その瞬間。
カキン!と、甲高い金属音。
私の目の前で、黒い影――一本のナイフが、別の薪に弾かれ、軌道を変えて岩壁に突き刺さった。
見上げると、岩の上のギデオン殿が、まるで何事もなかったかのように、指先を軽く振っている。
彼が、後から投げた薪で、瀑流の中のナイフを弾いたのだ。
「――話にならんのぅ」
今度の声は、先ほどとは比べ物にならないほど、冷たく、重かった。
「今ので、おぬしは死んで、パーティは全滅じゃ」
「・・!」
「お前さんの盾は、ただの壁じゃ。飛んでくるものを、ただ防ぐだけ。それでは、仲間は守れん。時には、その中に混じった、たった一本の『死』を、見極めねばならん時もあるというのに」
「ですが、ギデオン殿! 今のは、あまりに・・」
「言い訳無用! 仲間を守る盾に、『不可能』という言葉はない!」
老人の、今までとは違う、鋭い一喝が飛ぶ。
「目で見るな。盾で感じろ。水の流れを、薪の重さを、そして、殺意を。盾がお前さんの一部になるまで、そこから上がることは許さん!」
そう言うと、彼は、また、滝の上の門下生に合図を送った。
終わりが見えない、本当の地獄の始まりだった。
私の心は、焦りと、己の未熟さへの苛立ちで、折れかけていた。
(アーサーなら、こんな時、どうするだろうか・・)
ふと、あの楽天家の顔が、脳裏をよぎった。
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