『16barsの鼓動』第十九章(改定完全版)

Silent Riotの初戦は、決して順調ではなかった。

 ことねのラップは震え、彩葉の歌は走り、芽依のスクラッチも荒い。

 観客席からは失望のため息が漏れた。


「やっぱり新人はこんなもんか」

「Rhyme Jokerの方が圧倒的だな」


 ことねの手が冷たくなる。

「……また、笑われる」

 頭に浮かぶのは過去の失敗。

 声が小さくなり、言葉が消えかけた。


 その時、観客席から声が飛んだ。

「粗いままでいいんだよー!」

 猫丸が立ち上がり、缶コーヒーを掲げていた。

「鼓動が止まらなきゃ、それで充分だ!」


「おばちゃんも適当なこと言ってるだけだよ〜」

 みのたが笑いながら手を振る。

 そして――べすが観客席を突っ切り、ステージに突進。

 ことねの顔に「べろりんちょ」。


「……っ!? もうっ!」

 観客席から笑いが起こる。緊張で張り詰めていた空気が、一瞬だけほぐれた。


 ことねは深呼吸した。

 喉が震えていたが――声を出した。


「私の声は……止まらない!」


 彩葉が全力で歌を重ねる。

 芽依がビートを強く刻む。

 三人の音がぶつかり合い、ラストサビだけは観客の心を揺らした。


 終わった瞬間、会場は微妙な沈黙に包まれた。

 だが、数人の観客が小さく拍手を始め、その拍手は少しずつ広がっていった。


 ステージ裏。

 ことねは床にへたり込んだ。

「……ギリギリだった」

 彩葉が汗を拭いながら笑った。

「でも、届いたよ! 最後の最後に!」

 芽依も頷く。

「……粗いけど、悪くない」


 三人は顔を見合わせ、思わず笑った。


 観客席の隅で、東雲りながやよいに耳打ちしていた。

「……青春してるなぁ。うちらのガンプラ大会と同じ熱さだよ」

「東雲、静かに。……でも、悪くない」


 一ノ瀬響は胸の奥にざわめきを感じていた。

「……鼓動。響いてる」

 詩織は小さく頷いた。

「揺れてるね、確かに」


 Silent Riot、初戦。

 敗北寸前だったが、最後に放った一矢が観客の心を掴んだ。

 まだまだ未熟。けれど――戦える。


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