16barsの鼓動 改定完全版

猫師匠

プロローグ

町田駅前。夕暮れの雑踏に、重たい低音が響いていた。

 誰かの叫びがスピーカーを震わせ、集まった人だかりが拳を突き上げる。


 輪の外で立ち止まったままの女子高生――姫咲ことねは、ただその光景を見つめていた。

 彼女はいつもそうだ。教室の隅に座り、声を殺し、存在を薄めて生きてきた。

 自分には居場所なんてないと、どこかで諦めていた。


「ことね!」

 背中を叩いたのは、幼馴染の結城彩葉だった。

 明るくて、誰とでも話せて、ことねとは正反対の女の子。

 唯一、孤独なことねを放っておけない存在。


「寄り道? また一人でここにいたの?」

「……うん、まあ」


 ことねの視線の先、ストリートの中心には一人の女性ラッパーがいた。

 観客の視線を一身に浴び、鋭い言葉を連打し、まるで世界そのものを掴んでいるかのように。

 彼女の名は――MC REINA。


 観客の声援が地響きのように広がり、その中心で放たれる言葉がことねの胸を打ち抜いた。

 鋭いのに温かく、粗削りなのに強烈。

 その「生きた言葉」に、ことねは息を呑んだ。


「……すごい」

 自分でも気づかぬうちに、声が漏れた。


 ライブを終えたREINAがマイクを置き、観客に手を振る。

 そして偶然、外側に立つことねと視線が交わった。

 短い沈黙のあと、REINAはにやりと笑い、一言だけ残して去っていった。


「粗さを消すなよ。お前のままでいい」


 その瞬間、ことねの心臓が高鳴る。

 ――まるで胸の奥で、新しい鼓動が鳴り始めたように。

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