後宮湯屋の事件帖~死罪回避したい崖っぷち薬師には謎が舞い込む~【まんが連載中】

@Yuzukigumi

第1話 プロローグ

 その日太極殿には、朝から冷たい雨が降りしきっていた。


「罪人の子、華遼よ」


 冷えた皇帝の言葉に、御前にひざまずく華遼の心臓はドクンと大きく拍動する。


「生き別れた母親に会いたくば、我が国を害するものを百万殺して忠誠を示せ。さすれば面会を叶えよう」

「……百万の害を、殺す……?」


 あまりに突然で無謀な命令だった。

 思わず聞き返すと、皇帝の両脇に座る皇太子と皇后が口元を歪める。


「禁軍は国の誇りであるから、いちいち些事で動かすわけにはいかないんだよ。お役目を頂戴できてよかったじゃないか」

「百万だなんて、実にやりがいのある数を賜ったわね。……あなたの母君が身罷るのとどちらが早いかしら? あそこはひどい環境だと聞くわ。急がなきゃねえ」


 皇后は、血走った眼で床を見つめる華遼を眺め、笑みを深めた。

 侍従が一振りの剣を運んでくる。上等な黄色の布の上に乗せられた、九歳の子どもには大きすぎる禍々しい剣だった。


「餞別に破混剣を与える。いっときも血が乾かぬよう励め」

「今すぐ出立しなさい。うふふ……これで九垓国は安泰ね。感謝するわよ華遼。おほほほほ……あはははははは!」


 勝ち誇ったような高笑いが脳内に響き渡る。

 絶望する幼き日の自分はぐにゃりと曲がり、あっという間に真っ黒な闇に包まれていく。急激に意識が浮上していった。


「…………っっ!」


 跳ね起きると、心臓はあの日のように不快な脈を打ち、びっしょりと汗をかいていた。

 衣の襟を緩め、首筋から腹へ流れる汗を拭う 。


 窓の外に目を移すと白み始めている。朝がすぐそこまで来ていた。


「……行かねば」


 真っ黒な袍を羽織り、瞳の色と同じ深紅の帯を締めると、枕元に置いた剣を手にとる。

 しなやかな指を打ち鳴らすと、どろんとした霞の中から彼の霊獣が姿を現した。


「崑崙郡峰に向かう。窮奇が出たという報告が相次いでいる場所だ」


 主人に頭を下げる黒麒麟。その背に華遼はひらりと飛び乗った。

 龍の仮面を顔に付け、深くため息をつく。

 迷いを断ち切るかのように、一人と一匹は、天へと勢いよく駆けあがっていった。

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