捨てられた皇子の探し人

ゆきのひ

プロローグ 

「あんたの名を教えてくれない?」


 私に言ったのは、さっき助けた女だ。

 見慣れない異国風のドレスの女は、ナイフをちらつかせた男に路地裏の行き止まりに追い詰められていた。そこへ私が割って入ったのだ。

 逃げ場をなくした女に、私はローブの下に佩いていた護身用の剣を抜いて駆け寄り、男の手からナイフを弾き飛ばした。得物を失った男は舌打ちして去っていった。


「私の名ですか?」

「そうだよ。他に誰がいるのよ」

「えっと……リュシーと言います」

「それ、愛称でしょ? 生まれた時に神殿に登録した名を教えて。ああ……私は西国の生まれの魔道具師なんだ。あんたのおかげで助かったよ。だから、礼がしたくてね。ちょうどここにいいものがあるから、もらってくれない? これにはあんたの正しい名前を刻印しないと作動しないからね」


 魔道具師だと名乗った女は、自分の腕にはめていたブレスレットを外すと、有無を言わせず私の腕につけた。そのブレスレットには小さな青い石が一つだけついている。綺麗だけれど透明度が低いし、高価な宝石ではなさそうだ。


「改めて聞くよ。それで、あんたの名前は?」

「……リュシエンヌ・モレットです」


 女は私の腕の青い石に触れ、もう一度、小声で私の名を唱える。さらに何事かぶつぶつと唱えたかと思うと、石が一瞬、光を放ってきらめいたかに見えた。


「さあ、これで石にお前の名を刻印できた。これはお守り。あんた、人が良すぎて、他人の不幸まで背負いそうだからねえ。絶対に肌身離さず、つけているんだよ」

「あ……ありがとうございます……。でも魔道具って、お高いものですよね。そんなもの、本当に頂いてしまっていいんですか? 私、そんなお金持ってないですよ」


 怪しい……。

 何の効果もないがらくたを押し売りする、魔道具詐欺ってやつかもしれない。

 まさか、さっきの男たちとグルだったりして……。

 警戒する私に、女はけらけらと笑った。


「お代なんていらないさ。命を助けてもらったんだから、そのお礼とすれば安いもんだ。そもそもこれは依頼主に渡すことができなくなってしまったものだから、貰ってくれる人がいれば有難いってやつなの。……これに仕込まれている術式はね……」


 女は何やら長々と、術式とやらについて説明してくれたが、その手の話に疎い私には、聞いても今ひとつ理解できない。まあ、興味もないので、はなから聞く気もなかったが。


「……というわけさ。まあ、必要な時が来ればわかるよ」


 話し終えた女は、「じゃあね、親切な女騎士さん!」と手をひらひら振りながら去っていった。

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