波の童話

南の島の、さらに先。

水平線の彼方に、波の王国がありました。


波の王国では、生まれたばかりの波たちが仲良く暮らしています。

波の子どもたちはお互いに手をつなぎ、ゆらゆらと楽しくダンスを踊ります。


それを見ていたイワシの群れが、一緒になって踊り出しました。

波たちはゆらゆら。イワシたちはぐるぐる。

みんなで楽しいひとときを過ごします。


波の王さまは満足げにその様子をごらんになりました。

来るべき旅立ちの前の、静かな時間をやさしいまなざしで見守ります。


やがて、旅立ちの時が近づいてきました。

空には黒く厚い雲たちが集まり、波の王国へ語りかけます。


その声は稲妻となって王国に響きました。


「さあ、子どもたちよ。旅立ちの時がやってきた。」


ガラガラ、ピシャーン!

大きな声で空が鳴きました。


波たちはあまりの怖さに固まり、震えました。


「王さま、助けて! ぼくたちは仲良くダンスをしていたい!」


王さまは悲しげに首をふりました。


「子どもたちよ……。

定めは変えられぬ。

おまえたちは王国から旅立ち、新しい世界をその目で見てくるのだ。


時は来た! 波たちよ、旅立ちの時だ!

新しい世界を探検し、また王国へ戻ってくるのだ!

そしてわたしに聞かせておくれ──おまえたちの冒険譚を!」


王さまは大きな鉾を振り上げ、叫びました。


「旅立ちの時は、今!」


空の黒雲たちも呼応します。


「旅立ちの時は今! さあ、新たな冒険の始まりだ!」


王さまが鉾を振り下ろした瞬間、黒雲たちは強い風を吹き出しました。

波の子どもたちは抗うすべもなく、嵐に乗って旅立ったのです。


波たちはお互いの手を離すまいとがんばりましたが、

激しい嵐にはとうていかないません。


「ああ、みんなと離れてしまう……。

さようなら、仲間たち。ぼくは新しい世界へ旅立とう。

そして今、冒険が始まるんだ。七つの海を旅する大冒険が!」


小さな、小さなさざなみは、嵐に乗って泳ぎました。

やがて大きな波となり、海を自由に駆けめぐります。


「やあ、カモメたち。今日の風は何色だい?

おやおや、大きなクジラさん。ぼくと一緒に泳ごうか?」


波はとっても楽しく冒険を続けました。


やがて、はるか遠くに初めて見る大地の姿が見えてきます。


「ああ、大地だ。

あそこへ行って聞いてみよう。

カモメたちが教えてくれた花のことを。

クジラたちが教えてくれた、人間という生きもののことを。」


波は胸を躍らせ、風に乗って速度を上げます。

みるみる緑の大地が近づいてきました。

冒険の終わりはもうすぐそこです。


「ぼくの長い旅が終わりを迎える。

カモメさん、ありがとう。

クジラさん、お元気で。

ぼくはまた、新しい世界へ泳いでいくよ。」


波は興奮で白く泡立ち、うねりを上げました。

目の前にキラキラと輝く砂浜が迫ってきます。


──ザッパーン!


波は砂浜で砕け散り、飛沫となって宙を舞いました。

舞い上がった飛沫のひと粒ひと粒に、大地の景色が映ります。


あるものは青い空を。

あるものは白く輝く砂浜を。

またあるものは波打ち際で遊ぶ子どもたちを。


「やあ、人間さん。

ぼくは南の島の、さらにその先、水平線の向こうの波の王国から来たんだよ。」


そう言って、また海に帰っていきました。


「さあ、帰ろう。ぼくの故郷の王国へ。

そして王さまに、たくさんのお話をしてあげよう。

カモメたちの歌声を。クジラたちのやさしさを。

そして子どもたちの、美しく輝く笑顔のことを……。」


波は再び、さざなみとなって王国へ戻っていきました。


夕日の沈む水平線を目指して、また長い冒険が始まります。


静かな、静かな夜です。

見上げた空には満天の星たちが輝き、

深い青を湛えた紺碧の海は、

星々の光を映す鏡のように、ただ静かに眠っています。


ランプの灯るデッキで、おじいさんはウクレレを奏でながら、

坊やにお話を聞かせています。

波たちの生い立ちを。

南の島の、その先の、水平線の向こうの王国のお話を。


坊やはおじいさんに尋ねました。


「おじいさん、波はお家に帰れたの?」


おじいさんは坊やの頭をなでながら、やさしく答えました。


「ああ、大丈夫さ。今ごろ王さまに土産話をしているだろう。」


静かな、静かな夜です。

ランプの光だけが、あたたかく灯る夜のお話です。

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