子供がいない
かんにょ
1
「だから、陸の面倒なら俺が見るって言っているだろ?」
閑静な住宅街の一室で、宇城柿久は妻の美玖に苛立った声を上げた。
「日曜なら俺も大丈夫だし、月曜の朝にはお前も帰って来るんだろう。なら行ってくればいいじゃないか」
「……」
きっかけは、柿久が美玖の置き忘れた同窓会の招待状を見つけたことだった。
二人の間に置かれた招待状には日曜日の昼から行われる予定だと書かれているが、美玖はそのことについて夫に何も言わなかったのだ。
きっかけはそれだけのことだったのだが、そんな些細なきっかけでも言い争いが起きるほどに、夫婦の信頼関係は冷え切っていた。
「そんなの……そんなの、ダメに決まっているじゃない。あんなことがあった後で、どうしてそんなことが言えるのよ……」
美玖は信じられないという顔で夫を見た。
「じゃあどうするんだ。陸だって、まだ一人で留守番が出来るほど大きくないじゃないか。だから俺が見てやるって……」
だが、妻の睨むような視線で、柿久は口を噤んだ。
当の娘の陸はというと、諍いをする両親をよそに、二人の足元でひとり積み木で遊んでいる。
「私が行かなければいいだけのことでしょ」
「だからどうしてそうなるんだよ。お前だってたまには羽根くらい伸ばして……」
「そういう問題じゃないってことは判っているんでしょ」
妻の夫に対する拒絶は、あまりにも強固なものだった。
「ああ、そうかよ」
不貞腐れたように柿久は呟く。
「……どうやらすっかり信用を失っているらしいな」
「信用? 私がまだあなたを陸の父親だと思っているとでもいうの?」
「あのな、お前はなにか勘違いしているのかもしれないが、俺が陸に対して思っていることは、そこらの普通の父親となにも変わらないぞ。それをお前は異常者みたいに……」
「やめて、聞きたくない」
二人の間に沈黙が流れた。
しばらくして、美玖が口を開く。
「……じゃあ、こうしましょう。ハギ姉に陸の面倒は頼めばいいのよ」
柿久が顔を上げた。
「萩津さんか? 俺はあの人苦手なんだよな……」
萩津とは、美玖の姉だ。結婚はしておらず、二人の近所に一人暮らしをしている。
「だったら、あなたはこの家にいなければいいじゃない。ハギ姉なら陸も懐いているし、ハギ姉も陸のこと、とっても可愛がっている……あなたとは違う意味でね」
夫はまだ何か言いたげだったが、観念したように首を振った。
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