『異世界転生したら名言で賢者になっていた件』

コテット

第1話「トラックと名言と異世界と」


俺の名前は佐藤健太、30歳。趣味は名言集を読むこと。

「失敗は成功の母である」「始めることが重要だ」「今日という日は残りの人生の最初の日である」

そんな言葉を暗記しては、落ち込んだ時に自分を慰める。それが俺の生き方だった。

仕事でミスをしても名言。失恋しても名言。上司に怒られても心の中で名言。現実逃避の道具として、名言は最高だった。

「佐藤君、また企画書の締め切り破ったね」

上司の冷たい視線を受けながら、俺は心の中で呟く。

『完璧を目指すよりまず終わらせろ、か。いや、終わってないんだけどな』

そんな俺の人生が終わったのは、仕事帰りの夜だった。

スマホで名言アプリを見ながら横断歩道を渡っていた時、視界の端に光が見えた。

トラックだ。

「あ」

そう思った瞬間、意識が途切れた。

『人生とは、起こることではなく、それにどう反応するかである』

死の間際、なぜか頭に浮かんだのはエピクテトスの言葉だった。

「いや、反応する間もなかったんだけど...」

そんなツッコミと共に、俺の意識は闇に沈んだ。


目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。

木造の簡素な天井。わら布団のような寝具。窓からは中世ヨーロッパを思わせる街並みが見える。

「え、何これ...」

体を起こすと、自分の手が目に入った。若い。明らかに30歳の手じゃない。鏡を探して部屋を見回すと、壁に掛けられた小さな金属板に自分の姿が映った。

20歳くらいの青年。茶色の髪に緑の瞳。間違いなく俺じゃない。

「うわ、マジで異世界転生パターンじゃん...」

その瞬間、頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。

この体の持ち主の名前はケント。辺境の村に住む平民で、両親は数年前に病気で他界。一人で畑仕事をしながら細々と暮らしている。

「ケント、か...」

名言オタクのサラリーマンから、異世界の農民へ。これが俺の第二の人生らしい。

『人生に終わりはない。次の章があるだけだ』

そんな言葉を思い出して、俺は思わず苦笑した。

「まさか本当に次の章が始まるとはな」

とりあえず、この世界で生きていく方法を考えないといけない。前世の記憶はある。ケントとしての記憶もある。農業の知識も一応ある。

「なんとかなる...よな?」

不安を抱えながら、俺は新しい人生の初日を過ごした。


翌日、村の広場に人が集まっていた。

「盗賊だ! 盗賊団がこっちに向かってるぞ!」

見張りをしていた男が息を切らして叫んでいた。村人たちは顔面蒼白だ。

「また来たのか...」

「この前も村の食料を根こそぎ持っていかれたのに...」

「村長、どうするんだ!」

混乱する村人たち。村長と思しき老人は困り果てた顔をしている。

「領主様に助けを求めても、ここまで兵を出してくれる保証はない。私たちは...」

その時、林の方から馬のひづめの音が聞こえてきた。

盗賊団だ。

十数人の荒くれ者たちが馬に乗って村に入ってきた。先頭の男は傷だらけの顔に獰猛な笑みを浮かべている。

「よお、また来たぜ。今度は女も何人か連れて行かせてもらうからな」

村人たちは震え上がった。子供は泣き出し、女性たちは恐怖で固まっている。

俺も正直、めちゃくちゃ怖かった。

でも。

『恐怖に立ち向かう勇気とは、恐怖を感じないことではない。恐怖を感じながらも行動することだ』

マーク・トウェインの言葉が頭に浮かんだ。

気づけば、俺は一歩前に出ていた。

「待て」

自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。いや、実際は心臓バクバクなんだけど。

盗賊たちの視線が俺に集中する。

「あん? 何だてめぇは」

リーダー格の男が馬から降りて俺に近づいてくる。剣を抜いている。完全に脅しだ。

ここで引いたら終わりだ。何か言わないと。何か...

「暴力は最後の無能者の避難所である」

咄嗟に口から出たのは、アイザック・アシモフの言葉だった。

「...は?」

盗賊たちがポカンとした顔で固まった。

よし、今のうちに続けよう。

「真の力とは、剣にあるのではない。知恵と言葉にある。君たちがその剣を振るうのは、他の生き方を知らないからだ」

これは俺のオリジナル...というか、複数の名言をミックスしてそれっぽく言っただけだ。

でも効果はあった。

「な、なんだこいつ...」

「賢者か? 魔法使いか?」

盗賊たちが動揺している。村人たちも唖然としている。

「ケント、お前...」

村長が驚いた顔でこちらを見ている。

俺はさらに続けた。内心では『やべえ、どうしよう』と思いながら。

「君たちには選択肢がある。このまま暴力の道を歩み続けるか、それとも新しい道を探すか。人生は選択の連続だ。そして選択には必ず結果が伴う」

盗賊のリーダーが剣を下ろした。

「...何者だ、お前」

「ただの村人だ。しかし、言葉の力を知る者でもある」

めちゃくちゃカッコつけて言った。内心では『早く帰ってくれ』と祈っている。

長い沈黙の後、リーダーが口を開いた。

「...今日のところは引き上げる。だが、覚えとけよ」

そう言い残して、盗賊団は去って行った。

村人たちから歓声が上がった。

「ケント! すごいぞ!」

「あの盗賊団を言葉だけで追い払うなんて!」

「ケント様、なんと深い御言葉...賢者様だ!」

村長が俺の手を握った。

「ケント、お前にそんな才能があったとは...我が村の誇りだ」

「いや、その...」

違うんだ。ただの名言の引用なんだ。でもそんなこと言えない。

こうして俺の異世界生活は、大いなる誤解から始まった。

『人生最大の栄光は、一度も失敗しないことではなく、倒れるたびに起き上がることにある』

ネルソン・マンデラの言葉が頭に浮かぶ。

「いや、倒れたくないんだけど...」

俺の名言バカ人生、異世界編の幕が上がった。

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