怪物

ヤマ

怪物

 ハロウィンの夜、子供たちは仮装をして町を練り歩く。

 ドラキュラ、フランケンシュタイン、魔女に幽霊——商店街は、さながら怪物の見本市である。


 町外れにある、その古びた家の前に立った子供たちは、声を揃えた。

「トリック・オア・トリート!」


 ぎぃ、と音を立てて扉が開き、中から白い影が現れた。

 その姿は——怪異そのもの。


「……やっと来たか」

 浮遊し、透き通ったその白い影に、子供たちは、歓声を上げた。

「すごい! お化けだ!」

「本物みたい!」

「いや、本物だ」

 屋敷の主は、冷ややかに言った。

「私の姿は、数百年前から続く、由緒あるものだ。だが、今や、誰も彼もが勝手に真似している。君たち、使用料を払ってもらおう」


 子供たちは、顔を見合わせる。

 その内の一人が、慌てて近くで様子を見守っていた母親を呼び、その背に隠れた。


 母親は、ヒステリックに主に詰め寄った。

「はぁ? あなたが本物だとして、私たちがこうして仮装してあげてるんだから、むしろあなたが、報酬を払うべきじゃないかしら?」

「なるほど」

 主は、目を細めた。

「君たちは、オリジナルに敬意を払わぬ、と……。作り手を忘れ、生み出したものをただの素材として食い荒らす……。魂よりも、金と流行に群がるのだな」

 母親は、鼻で笑った。

「当然でしょう。何より『映える』仮装が大事なの。フォロワーは、目立つものに投票するのよ」


 子供たちはスマートフォンを構え、その怪異を背景に自撮りを始めた。

「わーい、超リアル! これで『イイね数』稼げる!」


 怪異は、しばらく彼らを眺めていたが、やがて小さく溜息を吐いた。

「——どうやら本物の怪物は、私ではなく、君たちのようだ」


 そう言い残し、白い影は溶けるように消えていった。



 翌朝、SNSには無数の写真が溢れ、流れていった。


「本物そっくりの化け物と撮った!」

「完成度高すぎ!」



 誰も気付いていなかった。


 あの夜、本物の怪異たちが、人間を訴えに来ていたことなど、知る由もない。


 そして。


 人々の承認欲求が、本物の怪異より恐ろしいことも。





 一方——


 怪異たちの世界では、人間の仮装が流行るようになったという。


 ただし、彼らは必ず、『本人』から許可を得て、演じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪物 ヤマ @ymhr0926

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説