高校生活と校内トラブル

高校生活。

青春を題材にした漫画やアニメをはじめとするフィクションでは度々舞台となり、高校生を主役に据えたものも珍しくない。


だが、それらはあくまでも現実にはあり得ない虚構で、第三者の目から見ているだけだ。更には、演出家の手で上手く色づけされたからこそ、面白さという味が出来上がる。

それらがなくなったら...



みんなが華やかだと思っている高校生活も、そんなに華やかではないと幻滅されてそっぽを向かれる。

それがオチだ。



そんなぼくの高校生活の舞台は、県内一の進学校だった。県内一の進学校で、更には都市部ということもあり、勉強内容の難易度は中学の頃とは比べ物にならないほど上昇し、課題の量も大きく増えたことは、言うまでもない。中学では、勉強はしていても日課で習慣化していたこともあり、テスト前だからといって大した努力をしていなくても学年内でもトップクラスの成績を上げていた。しかし高校に入ると、最下位争いほどではないものの下から数えた方が早いぐらいには、成績は悪かった。ぼく以上の成績を残している同級生でさえ、あまりにも多すぎる課題の量に愚痴を漏らしている様子を見かけるのは、珍しくなかった。

更には、模擬試験もほぼ月一回のペースであった。しかも貴重な休日を潰されるということもあり、これには課題量の多さ以上に不満を募らせた。

中学と同じく、入学したらすぐに部活に入る...というのは当たり前のような風潮があったが、ぼくは人間関係で余計なしがらみを抱えたくはない故、相変わらず部活には入らず、委員会や生徒会に入るということもしなかった。相変わらずお母さんは宝の持ち腐れとぼやいていたが。

年一回の学園祭こそ協力はしたが、積極的に手を貸したのかと言われればノーである。ぼくのクラスの出し物が学年内で最優秀賞を取ったこともあったが、同級生のみんなはそれに湧く中、ぼくは他人事のように冷めていた。


結果として、勉強の難易度も課題の量もかなり上昇したが、中学の頃とあまり変わらず、日課を淡々とこなすだけの日々が続いた。

しかし、勉強・課題すらも自分一人での力では次第に限界が来るようになった。日課で勉強に過ごす時間を増やしたり、睡眠時間までも削って勉強に費やしたりもしたが、事態の好転はしなかった。それどころか、睡眠時間を削ったことが慢性化したのが大きく響き、授業をまともに聞けなかったり、遅刻ギリギリでの登校も増えてむしろ悪影響をもたらした。

結局、それらはすぐにやめた。




徹夜という手段で状況打開に失敗したぼくは、あまり乗り気ではなかったが、教科ごとの担任教師に相談しに行ったり、他の教材も見るなどして状況を打開しようとした。

それらの時間が楽しかったかと言われれば、「違う」と断言できる。事実、ぼくの疑問に嫌味を呈してくる教師もいるにはいたのだから。


とはいえ、分からないままだったところが分かっていくようになるのは、嫌な気分ではなかった。




そうして、あまり刺激のない2年が過ぎた。入学当初は下位争いをしていた学業成績も、3年の夏に差し掛かる頃にはトップクラスになっていた。

とはいえ、そんなに凄いことではない。周りは部活や委員会、生徒会の活動をしたり、中にはバイトに励んで両立していた人もいたのだから。ぼくが同じ条件を課せられたとしたら、多分同じことは出来なかっただろう。



高校最後の夏休みは、いつものように家と学校で勉強漬けで過ごそうと思っていたが、お母さんの勧めで予備校に入ることになった。ぼくは経済的な事情を考えると全く乗り気ではなかったのだが、お母さんが「この時期だけでもお願い」と執拗に懇願してきたので、ぼくは折れた。


そして夏休みも終わり、新学期に入る頃には同級生も受験を意識してか、クラス内どころか学年内にもピリピリとした緊張感が嫌でも感じられた。ちょっとでも指を動かしたらバチっとした静電気の痛みが走るような...そんな例えが似合うだろうか。以前は和気あいあいとしていた雰囲気も、そのかけらすら感じられないほどだ。



とはいえ、最初からクラス内で孤立しており、しかも小学生時代に先の見えない地獄を味わったことがある僕にとっては、大したダメージではなかった。

その雰囲気をよそに、黙々と勉強に励んだ。



しかし、次第にそれを快く思わない連中の横槍が入り、ぼくが勉強しているところを妨害してくるようになった。

最初の頃は、下校準備が終わったら教室をすぐに出て自習室や図書室を使うなどして勉強していたが、それが彼らを増長させてしまったようだ。



ぼくは下校準備を済ませると、そのまますぐに教室を出ていこうとして男女数人に取り囲まれた。

「ハナちゃ~ん?今日もこのあとお勉強かな~?」

「...また君達か。来る日も来る日もぼくに構ってきて、何のつもり?」

「いや~、ハナちゃんって生真面目だな~って思っててさ~」

「生真面目って...それがどうかしたの?」

「部活にも入らなかったし、生徒会も委員会もやらなかったじゃん、勉強しかやってないじゃん」

「それは...まあ、そうだけど。君達に何の関係がある?」

「関係はないさ。生真面目なのは立派なことだと思うよ、ハナちゃん。でもさ...世間知らずじゃ、後々苦労するよ」

「同級生、しかも高校生に世間知らずって言われてもな...説得力が感じられないよ」

「いやいや、俺達は多くの高校生を知らない世界をいっぱい知ってるんだよ。興味ないかな?」

「今はそんな余裕ないし、知る必要もない。帰るからどいて」

「そんなつれないこと言うなよ、ハナちゃん。受験勉強大変でしょ?息抜きだと思って」

「息抜きって...家で事足りてるから。さっきも言ったけど、早くどいて。かまってる暇ないんだよ。あと、君達も受験勉強あるだろうから、帰れよ」

「俺達は疲れてるんだよ。いいだろ、なあ...」



「...」

「あれ、押し黙っちゃったか~。じゃあ一緒に行こうか!」


「さっきから生真面目だ、息抜きだ、好き勝手言いやがって...」

ぼくはこれまでの横槍と勉強への妨害でも相当な苛立ちを募らせていたが、とうとうそれが許容範囲を超えた。脳内の理性もピキっと音を立てたように破壊されてしまった。



「さっきからどけっつってんだろ、この虫けら共が!」

ぼくはそう吐き捨てると、手元の椅子を振り上げ、取り囲まれていた数人に向けてぶん投げた。

取り巻き達には当たらなかったが、廊下の壁に当たり、大きな音を立てたことや、それまでとの豹変もあってか、取り巻き達は全員腰を抜かした。

「は、ハナちゃん」

「勉強の息抜きしたいなら勝手にしてればいい。でもそういうことは、したいヤツと一緒にしろよ」

「そ、そうじゃなくて...」

「そうじゃないなら、何なんだ!?ああ!?」

ぼくは取り巻きの一人の胸倉を掴み上げ、恫喝した。

「それから君達は、ぼくの本性がこういうやつだとは思ってなかったようだな。でもさっき晒した通りだ。

ぼくに近づくなとは言わないさ。でもこんな見境なく暴れるヤツとつるみたいと思うか?嫌なら二度と近づくな。どけ」



ぼくはそう言って、校内を去った。




後日、校内でトラブルを起こしたことでぼくはお咎めを受けてしまったが、あの頃とは違い、孤立していたとはいえ味方が多かったこと、椅子を投げたとはいえけがを負わせてはいなかったこと、投げた椅子自体にも大きな損壊はなかったことで意外にも数日間の出席停止で済んだ。AO受験ならともかく、一般受験枠に大した影響はないという。

一方、妨害してきた取り巻き達も何故か素行調査に協力することになったが、そこで元部活での下級生いじめ、18歳未満の入店が禁止されているホストクラブ・キャバクラ通いといった素行の問題が発覚し、ぼく以上の処分(1ヵ月の停学処分)を受けてしまい、今年の受験そのものが出来なくなってしまったそうだ。



出席停止が解除されると、ぼくはお母さんに連れられて通っている学校側に出向き、校内トラブルを起こしたことに対する謝罪をしたが、担当クラスの教師やクラスメイトからはほとんど許されて終わった。あまりに拍子抜けだ。



ぼくは思った。

「同情はしたくないけど、被害者側が重い罰を科せられるってのは変な構図にも感じるな。

それと、何で取り巻き達はこの学校に入れたんだろうな...とは思うけど、入試で点数が良ければ入れるし、そう意外でもないか」


そう言って、ぼくは今日も勉強に取り組むのだった。以前とちょっと変わったことといえば、ぼくがトラブルを起こしたことでより孤立している感が強まったことだろうか。とはいえ、邪魔者がいなくなったことで、より勉強に集中できるようになったことは好都合だった。



年が明けて早春、センター試験と二次試験、そして卒業式と、時は風のように早く過ぎて行った。卒業式はやはり、お母さんとだけ撮って帰っていった。

地元の名門である志望大学は無事に合格したが、高校受験の時と同じく大した感動や喜びは伴わず、ぼくのそばで大喜びするお母さんを見ているだけだった。



合格祝いの内容も3年前と同じく、スタジオを借りて本格的なお姫様ごっこをすることだった。ただし、今度はぼくが純白のウェディングドレス、お母さんが薄いピンクのドレスという、3年前に二人が着たドレスを逆で着たのだが。


こうしてまた一つ、家には二人のお姫様写真が増えた。



3年間は受験期の校内トラブル、卒業後のスタジオ撮影を除けば、大したこともなく終わりを告げた。終わってみれば、意外と呆気なかったと思う。

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