普通じゃない僕も普通の恋がしたい。

湊 俊介

第1話

僕は普通じゃない。僕が普通と違うって気づいたのは十二歳の時だ。


テレビに映るゲイタレントを見て、「嫌ね」と母さんが小さくつぶやいた。ただ、何気なく言っただけの母さんの発言は僕の心を切り裂くように傷つけた。小学六年生ですでに男の子にしか興味のなかった僕は布団の中にもぐって声を殺して泣いていた。そして、心に決めた。僕の人生は恋をしちゃいけないと。


それからの僕は、外では気持ちを隠すように努力した。小学校の卒業前に仲の良い友達グループでタイムカプセルを埋めよう、と話になった。好きな子の名前を紙に書いて入れようとなって僕は頭を悩ませた。


好きな女の子なんていないし、好きな男の子の名前を書くわけにもいかない。悩んだ果てに仲の良い女の子の名前を借りることにした。自分の名前とその子の名前を紙に書いて折りたたんで、誰かが持ってきたお菓子の缶ケースの中に入れた。校庭の端に一本だけ立つ、松の木の下にタイムカプセルを埋めた。馬鹿正直に自分の名前を書いたと、今さら思う。そのタイムカプセルは案の定、埋められてすぐにグループのリーダーが掘り起こしてみんなの好きな人を盗み見したことが分かった。中学生になってから、そのネタでいじられる時があって発覚したけれど僕の方が上手だった。いじられたところで好きでもない女の子だ。


中学三年生の秋頃、部活を引退すると、急にみんな運動から彼女作りに熱中し始めた。それに合わせて僕も好きでもない女の子と一応付き合った。タイムカプセルに書いた女の子だ。僕も女の子を好きですよ、と周りに思わせるために告白をした。数カ月で終わってしまったけれど、形式上付き合ったことには変わらない。


キスどころか、手も繋いでいないけれどプリクラは撮った。母さんにも信用されるように、そのデートで撮ったプリクラをわざと部屋の机に置いておいた。土曜日の昼間に仕込んでおいたから、母さんが部屋の掃除に入って目にしているはずだ。テレビに映るゲイタレントを見て悲観的な言葉を吐いていたから、これで僕がカミングアウトしない限りは大丈夫なはずだ。


高校を卒業したらすぐに働いてお金を貯めよう。海外を一人で旅したり、BARを経営したり、この場所から離れよう。田舎でゲイは生きづらい。恋なんてできないし、存在しちゃいけないんだ。そう思っていた。


 十七回目の春がやってきた。高校生活では二回目の春だ。花には詳しくないから、何の花の匂いか分からないけれど、開けた教室の窓からは春風が入り込んでくる。

「颯太!颯太!昨日のドラマ見た?」と授業間の十分休憩時間に睡魔に襲われて机に突っ伏して寝ていると、机をガタガタと揺らされた。


「見たよ」と返すと、あの女優よかったよな、そういえばあの主題歌……。と饒舌に語ってくるのに、相槌を打つので精いっぱいだった。出席番号が一番違いで、目の前の席の健太は何かと話しかけてくる。目立ちたがり屋だけど話も合うし、悪い奴じゃない。クラスで仲がいいのはもう一人、寡黙で静かだけど変態な圭斗がいる。同じ部活なこともあるけれど、クラスでグループを作るときはこの二人が多い。いつもと変わらない。悪くはないけれど退屈な毎日だ。


授業中に空想するのは、急にゾンビの世界になったらどう乗り越えていこうかとか、ヴァンパイアになってヴァンパイアの世界をどうって生き抜いていこうかとかばかり、高校生にもなって空想している。昔好きだった物語が現実になったらっていう空想を自然としてしまうほどに退屈で刺激のない毎日に飽き飽きしていた。最近変わったことと言えば三年生がいなくなって一年生が入学してきたことくらいだ。


お昼のチャイムが鳴って、健太が後ろを向いてきた。


「ちょっと購買に付き合ってくれない?」


「え、人多いから嫌だよ。弁当あるし」


「頼むよ、一人じゃ寂しいって」と健太は手を合わせて拝んでくる。


毎日お弁当は母さんが作ってくれていたし、悪い先輩に焼きそばパン買って来いよと、走らされることもないから、購買にはほとんど行く機会がなかった。しょうがないなと、健太についていくと購買周りは遊園地の売店かと思うくらい列ができている。


真新しいブレザーの制服を着た一年生たちが物珍し気に並んでいるようだ。初々しいな、と健太に囁かれて一年前を思い出した。ちょうど一年前にも健太と一度だけ、購買でパンを買うという青春への憧れでここに足を運んでいた。一度来てしまえば、こんなものだと分かって、お弁当もあるからとそれ以降買いにくることは無かった。


来たついでに飲み物でも買おうかと、健太がレジに並んでいる間に自販機の列に並んだ。五人しか前に並んでいないのになかなか進まない。何にしよう、と話しながら一年生の女の子らしい二人組がボタンを押さずに決めかねている。


早くしろよと、思いながら並んでいるとチャリーンっと小銭が地面に落ちて跳ねていく音が聞こえた。振り向くと反射的にバシッと、転がってきた小銭を足裏で踏みつけた。足をどかすと百円玉だ。拾って落とした子の方を見ると目が釘付けになるとはこのことだと思ってしまった。小柄な一年生だった。あどけない、素朴そうな子で一見ボーイッシュな女の子に見えなくもなかった。制服は男子用のパンツを履いているから男子生徒だ。触れたい、と思ってしまった。


周りの音が一瞬止まって、彼以外の景色がシャットアウトされた。頭を振って邪念を払ってからその子に近づいた。自分以外にも小銭を拾った生徒が数人いて、その落とした男の子に小銭を渡している。踏みつけた百円玉を渡すのは気が引けて、自分の財布から別の百円玉を取り出して渡した。


「ごめん、踏みつけちゃったから」


「あ、ありがとうございます」


小銭を置くときに指先がその子の掌に触れると、とても柔らかくて胸がキュンっとしてしまった。少しだけクシャっとした癖毛に、たれ目で、綺麗な目をしている。一瞬だけ目が合ってしまったから、さっとそらした。


その男の子はみんなから小銭を受け取ると、ペコペコと周りに頭を下げて行ってしまった。ちょうど健太がパンを三つ抱えて嬉しそうに近づいてきたから教室に戻った。


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普通じゃない僕も普通の恋がしたい。 湊 俊介 @SACD28

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