天★漢≒娘

風月八泉

プロローグ




 学園の友人達とした勝負事に負け、ちょっとした罰ゲームで裏山の廃神社に写真を撮りに一人で来たのだが……。 

 そのついでに美術の改題に使う風景の写真も撮ろうかなって。


『呪ってやる、何故……なぜ誰も我を崇めない』


 座敷童の様な和服を着た美少女が、神社の境内で一人。

 ブツブツと呟いていた。

 なにやら物騒な言葉を発しながら、どす黒い霧に覆われた子供が境内で地団駄を踏んでいる。


 まぁ、神社がボロボロ過ぎて荒地の様になっているのだけど。


 お化けでも出たのかと思ったけれど……。

 それにしてはハッキリと見えるし、小さな子供。


 もうすぐ日も落ちる時間だというのに、小さな女の子は帰る気配がない。

 怖いというよりは、心配の方が勝ってしまい、思わず声をかけてしまった。 


「キミ、もう帰らないと危ないよ」

 

 ――これが、始まり。

   こんな時間に一人でいる古めかしい和服を着ている女の子を不思議に思わず。

   彼女に声を掛けてしまったのが運の尽きだったのかもしれない。


『誰よ? こんな場所に何の様なの』


 子供だと言うのに、鋭く睨む目に気圧されてしまう。


「えっと、この辺で美術の宿題でも済ませようかと、思って」


 裏山にあるくたびれた神社で、長く放置された感じが良い具合に味わいある風景になっている。そこで、夕日をバックにした一枚の写真を撮ろうと思っていたのだ。


 後は写真を基にして構図を描いて、絵を完成させれば美術の宿題は終わる。


『お参りもせずに?』


 なんか女の子に纏わりつく黒い霧がさらに濃くなっていく。


「いや、だってこの神社って何の神様を祀ってるのか知らないし。というよりも、誰も管理してないよね。すっごくぼろぼろじゃん」


 この神社がどういう管理状況なのかは知らないけれど、市からも忘れられた様に放置された場所になっているのは、この辺に住まう人達なら知らない人は居ない。


『……ほぉ、そうか、そういうこと』


 フラフラ左右に揺れながら不気味に近付いてくる。

 しかも、さっきよりも黒い霧が僕の体に絡みついてくる。


「ゆ、幽霊なの⁉ 何か悪いことを言ったかな」


 逃げようと思っても、足がすくんでしまって動けない。

 震える脚になんとか力を入れて立っているのでやっとなのだ。


『我をあんな低級な者達と一緒にするんじゃない。我は……神聖なる――』

「悪霊みたいなことをしておいて、よく言うね! 第一、神様だっていうなら何の神様なのさ! というか名前は⁉ 僕が何かしたなら謝るからさ」

『ふふ、ならば教えてやろう。我の名は………………名は? あれ⁉ 名前……』


 今までの雰囲気が一気に飛んで、急に頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


 苦しそうにしながら、ずっと自分の名前を思い出そうとしているようだけど、全然思い出せそうもない。段々と彼女の顔が恐怖に染まっていくのが見ていてよく分かる。


 悪霊なのか、邪神なのかは知らない。

 分かってるのは普通の子じゃあなさそうって事ぐらいで、不思議ちゃんにしか今は見えない。


 けど、あんなに怖がっている女の子を放っておいて逃げてしまうのは、男である僕自身が許せないし、そんなことをしてしまっては男が廃る。


 ただでさえ僕は、外見が女の子みたいと揶揄われているというのだから。


「大丈夫だよ。そのさ、何があったのか分かんないけど僕が近くに居てあげるから」


 どす黒い霧が彼女を覆っていたが、幼い少女を見捨てる事ができなかった。

 僕は震えている少女に寄り添うようにして、頭を優しく撫でながら抱き着いてあげる。


『我は、遊びの神様なの……神様なのに、名前が思い出せない』


 確かに彼女が呼ばれていた名前があったのだろう。しかし、この神社にちなんだ名前と言われても、ボロボロ過ぎてこの神社の名前は全く分からない。


 神社の本殿と鳥居などはあるけど、殆どが外観だけ残っている。

 祀られている鏡や祭壇は辛うじて役割を保っているだけに過ぎない。

 神社の名前が分かるような看板なんて朽ち果ててしまっている……。

 

 僕はもちろん知らないし、この辺に住むお爺ちゃんも、知らないと言っていた。

 だから……もう。誰も分からないだろう。


『誰も、此処に来てくれん。誰も我と遊んでくれぬ。誰一人、我を思い出してくれない。一緒に居たいだけなのに。遊びたいだけなのに。遊びに繋がりなんてない』


「ん~、そんなことないよ。今は色々なモノがあるからね。それにネットで世界中の人と遊べるようになってるよ」


『うそ、そんなの嘘。我は知らない。何にも知らないもん』


 小さく吐き捨てる様に発した言葉は、怨む様に僕を睨みながらも、瞳には「寂しい」という思いで溢れている様に見えた。


「そっか、じゃあその恨みを僕にぶつけてみる? 受け止めてあげるよ。一緒にずっと遊んであげるから、大丈夫だよ、一人にしないからさ」




 ==ほっとけなかったんだよね。

   こんなことを言わなければ、僕の日常はもっと平穏で、普通の男の子として過ごせたんだと思う。

   でもまぁ、泣いている女の子を見捨てたらさ。

   それはもう、漢じゃないよねって話。


 僕の容姿は友達や親友、幼馴染の女の子からさえ……女性寄りだと言われている。

 心はせめて漢らしく、カッコイイ自分でありたかった。



『本当に良いの? じゃあ一緒に遊ぼうね。神との契約に裏切りは無いんだよ』


 ギュッと胸に抱き着かれ、黒い霧が僕を包むけれど、あたたかく怖くはなかった。


 ――ただし、少女の口元がニヤリと笑ったのが気になった。

   笑顔は少女そのもので、気付かなかったのだ。


 彼女が言っていた事は本当で、神様だって事も、契約というモノを結んだ事もね。



 ==契約というよりも、呪いだったけど。

   ただ、まぁ、色々と大変なことが多くなったけれど……。

   後悔はしてない、かな。


 泣いていた少女は僕にしがみついたまま放してくれなかったので、仕方なしに少女を抱いて家に帰ったのだ。

 この子の親を探そうにも、誰もいなかったし、このまま廃神社に放置して帰る訳にもいかなかったから。



 ==彼女が言っていたことを身に染みて理解し始めたのって。

   次の日になってからだったなぁ。

 



 ★★★翌日★★★



 朝起きてみると知らない女の子の体に声、どことなく男だった時の面影はあるけれど……体は女性。

 前に幼馴染の女の子が僕のことを女の子だったらと想像して描いてくれた絵に似ている。 


「なにこれ、なんで? 何がどうなってるの⁉」


 家に帰ると、何故か神社であったお人形みたいな少女が家に居るのだ。


『神との約束は絶対なんだよ? 知らないの?』

「知らないよ⁉」


 僕と少女が玄関で騒いでいると、台所から母さんが顔を出してこっちを見てくる。


「何を騒いでるの? 二人とも外で遊んで来たなら手洗いうがいをしてらっしゃい」


 そもそも当然の様に、この少女が母さんに受け入れられている。


「お母さん⁉ この姿を見てもなんとも思わないわけ⁉」

「あら、この子から事前に話は聞いているし。ツムちゃんだって承諾したんでしょう? なら問題ないじゃない。それにほら、今のツムちゃんなら私と一緒にショッピングだって楽しめるじゃない!」

「僕がお母さんの買い物に付き合いたくないのは、僕に可愛い系の服とかを薦めるからでしょう!」

「だって~、ツムちゃんの服ってレディースの方が着られるじゃない。むしろメンズ系の服屋に行ってお洋服を買えたことって無いに等しいじゃない」


 朝っぱらから母親と言い争いをしていると、神社に居た自称神様の少女がポンと手をついて僕を見てくる。


『そういえば、主の名を聞いておらなかったな』

「ちょっとツムちゃん、女の子をお持ち帰りしておいて自己紹介すらまだだったの⁉」

「誤解されそうな言い方しないで! 仕方なく、彼女が放してくれなかったから連れてきただけ⁉ というより、今の状況楽しんでない⁉」

「そりゃあ、神様なんて一般人の私達が会える存在じゃあないんだから。こんなワクワク展開を目の前で見られてるのよ? 興奮しない方がどうかしてるわね」


 キリッと決め顔を作りながら僕を見て楽しそうに笑う母親。

 ものすごく殴り倒してやりたい。


『童の名は思い出せぬ。せめてお主の名くらいは知っておきたいのだがのう』


 綺麗な小顔にクリッとした目。神様を名乗るのだから容姿だって幼いといっても、かなり可愛い部類の子に上目使いで涙ぐみながら、僕の名前を聞いてくる。


「うぅ……秋月紬あきづき つむぎ、それが僕の名前だよ」


 自己紹介をすると、彼女が和服の袖に手を入れて紙の束に何やら書き込んでいく。


『こういう字かの?』

「うん、そうだね」


 あっている事を確認すると、彼女はおもむろに針を取り出して僕の手を取って指先にチクッ――、

「痛っ⁉ なにするの!」

『なに、ちょっとね』

 血の付いた指先を僕の名前が書かれた紙に押し当てている。


『これで良し!』

「よくないんだけど⁉」

『まぁまぁ、しっかりとした契約をせんと……お主、女の子のままじゃぞ?』

「へ? どういうこと?」

『それはじゃな――』

「はいはい、積もる話もあるだろうけどね。まずは朝ごはんよ。顔を洗って、さっさと食べちゃいなさい」


 お母さんが強制的に僕らの会話を遮って、パンパンと手を鳴らしながら言う。


「『あ、はい』」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る