第22話 ドジっ娘の魔の手


 

 冒険者である男VSサード。

 突如として始まった乱闘を止める様子はなく、寧ろ周囲の冒険者は楽しんでいる様子だった。置かれている椅子や机を退けて、即席の闘技場まで作る始末。


 こういった催事は大の好物なのだろう。

 受付で仕事に勤しんでいる受付嬢を見れば、ニコニコと微笑みを浮かべながらも、静かに怒っているのが分かる。


 勝負が終わった後、この場にいる全員怒られてしまうのだろう。

 尤も、徹達は今はまだ部外者だ。

 見て見ぬ振りをして、中心に佇む2人に視線を向ける。


「と言うか、サードの奴勝てるのか?」


「こんなに人を巻き込んだ挙句、ご主人様に失礼な事をいった事は叱らないといけませんが、大丈夫ですよ」


 徹と共に、事態の行方を見守っていたシス。

 取り乱した様子もなく、そう答える。

 イーナは沢山の人だかりで、2人を見る事が出来ず、ぴょんぴょんと飛んでいる。メイドルが彼女を抱きかかえる事によって、見やすいように調整してくれている。


「大丈夫って、どうしてそんな事が言えるんだ? いや、迷宮での活躍を見る限り、アイツも普通のメイドとは違うのかもしれないが、今回は殺し合いじゃなくて勝負だし」


 2人を比較してみると、体格にも大きな差がある。

 さながら、熊と狐。

 どれだけサードの身長が高く、体格が良かったとしても、あの冒険者の前では小動物も同然だ。


 しかし、サードの目に諦観などない。

 それどころか、余裕綽々といった笑みを浮かべており、周囲をグルリと見回しながら手まで振っている。


「それこそ無用の心配、という事です。寧ろ、こういった状況の方が、あの子にとっては都合が良いんですよ」


「本当に?」


 疑わしい返答だが、相手はサードの姉であるシス。

 徹よりも、サードについてはよく知っているだろう。


「いや、仮にそうだったとしても、アイツに軍配が上がると俺は考えているぜ」


 2人の会話に、割って入って来たのは細身の男。

 一瞬、この人は誰だろう? と思った。

 徹の心の声を読み取ったのか、細身の男は自己紹介してくれる。


「あー初めまして。俺はアイツの所謂パーティーメンバーって奴だ。今更だが、すまんな。普段は気の良い奴なんだが、酒が入るとあの通り変な事を言ったり、態度がデカくなってしまうんだ。んで、酔いが冷めた後に「俺はどうしてあんな事を言ってしまったんだ」ってな具合に落ち込むんだよ」


「酒飲まなかったら良いんじゃ無いですか?」


 酔ってなければ良い人、という言葉は割と信用できない。


「ま、禁酒に関してはアイツとおいおい話すつもりではあるが、アイツはウチのパーティーの前衛を務めている。図体がデカい事と、無駄に力が強い事だけが取り柄だが、あんなちんまりとした嬢ちゃんには負けねぇ」


 言外に、サードは勝てないといった細身の男。

 シスはムッとした様子で言い返す。


「それこそ、あの子にとっては絶好のカモですよ。負けません。負ける訳がありません。寧ろ、大差を付けて勝利する筈です!」


「ほぉ。だったら賭けるか?」


「賭けましょう! もしも私が負ければこのメイド服を差し上げます!」


 しっかり者のシスだが、妹が馬鹿にされる事は我慢ならないらしい。

 二つ返事で受け入れた上に、自身の服を掛け金としてベットする。


「ちょっ、馬鹿! お前、もしも負けたらどうするんだよ! 下着姿で街中歩かないといけなくなるんだぞ! 誰かに見られたら、通報されるかもしれないだろ!」


「負けなければ良いだけの話です! 負けなければ! サード、勝ちなさい! 勝って、貴方は凄いんだって所を見せつけなさい!」


 よくよく見ると、シスの手にはジョッキが。

 中身は既にないが、彼女の口元から水滴が垂れる。

 コイツ、どさくさに紛れて酒を飲んでやがった。


「メイドル! イーナ! シスがご乱心だ! 止めるのを手伝ってくれ!」


「私もサードが勝つのにメイド服を賭ける。後、下着も賭けて良い」


「馬鹿! 乗るな! 戻れ!」


「…………!」


 酒など飲んでいない筈なのに、何故かメイドルも賭けに参戦した。

 何も知らないイーナだけが両手を上げて、白い髪を揺らしながら、この催し事を楽しんでいるのだった。





 随分と、大事になってしまったものだ。

 サードは、他人事のように思った。


「もしかして、コレが狙いだったのか? わざと大事にする事で、無理矢理退路を断つ。お嬢ちゃん。アンタ、見かけによらずかなり強かだな?」


 酔いが冷めたのか、先程までとは違い精悍な顔つきに変わった男。


「さぁ? どうなんだろうね?」


 サードは誤魔化しながら、笑みを浮かべる。

 普段と同じ。

 自分の本心を隠す為の、悪戯好きが浮かべるような笑み。


「それで、勝負の内容はどうするんだ? 言っておくが、殺し合いとかはなしだぞ? ギルド内での殺し合いはご法度。乱闘くらいなら、ギリギリ許されると思うが」


 当然、殺し合いは論外。

 恨んでる訳も、憎んでいる訳もない。


 かと言って、殴り合いというのも不利だ。あらゆる面において、男の方が上。一発でも食らえば、サードは敗北してしまう。

 自分の長所を活かす事が出来、尚且つ相手に公平なのだと誤認させる事が出来る形式。


「分かった。じゃあ、追いかけっことかどう?」


「……追いかけっこ?」


 提案した内容が子供の遊びだった為か、男は面食らった様子で聞き返す。


「そ、追いかけっこ。とはいっても、何方かが何方かを捕まえるとかじゃないよ? 勝利条件としては、相手の背中に触れたら勝利、って事にしようか。相手の背に触れる為なら、良識の範囲内で何をしても問題無し! これでどう?」


 サードの提案に対して、僅かに考え込む素振りを見せる男。

 しかし、悪くないと思ったのだろう。

 二カッと笑う。


「面白い。やろうじゃねぇか!」


 即席の闘技場。

 こぢんまりとしているが、2人が逃げ回れるだけのスペースはある。

 試合開始の合図はない。


 観客達の野次と共に、互いが動き出す。

 地面を蹴り、男から逃れようとするサード。


「あ」


 床の凹凸に足を取られてしまう。

 ヤバイ! そう思った時には、全てが遅かった。

 体勢を崩し、思い切り転んだサード。


「グェッ!?」


 明らかに、美少女が発してはいけなさそうな言葉と共に、強く体を打ち付ける。

 一瞬、時が止まった。


 え? あれだけ盛り上がってたのに、そんな呆気なく終わっちゃうの? 寧ろ、そんな終わり方で良いの? とでも言わんばかりの、無言の圧力が。

 しかし、勝負は勝負。


「……えっと、その、すまん」


 強く体を打ち付けてしまい、立ち上がる事すらままならないサード。

 おまけに、前から倒れてしまった結果、背中ががら空きだった。

 素早く体を回転させて、男の魔の手から逃れようとすれば話は変わっていたのかもしれない。だが、予想外の出来事に脳がフリーズ。


 哀れ。

 サードはたったの数秒で、男に敗北してしまうのだった。


(なんでわたし、あんなかんじでおもいきりころんだんだろう)


 周囲の観察は怠っていなかった。

 当然、床の凸凹具合にも注意していた筈だ。


「あ」


 思い出す。

 ガチャから召喚された際に与えられた3つのスキルのうちの1つ。『ドジっ娘』という名のクソスキルの存在を。


「あれさえ……あれさえ無ければ! 私は!」


 既に勝負は決した。

 それでも、思わずにはいられなかった。

 もしもスキル『ドジっ娘』が無ければ、と。

 




 徹達は冒険者ギルドを後にする。

 一行の様相は大きく変化していた。

 徹とイーナの2人は変わらない。


 サードは耳元まで真っ赤に染まっており、誰とも目を合わさない様に顔を伏せ、両手で顔を隠している。

 シス、メイドルの見た目は激変している。何故なら、本来であれば身に着けている筈のメイド服は何処にも存在しておらず、2人は下着姿なのだから。


「……なあ。賭けに負けたからといって、メイド服を渡さなくても良かっただろ。あの人、別にそこまでしなくても良い、って言ってくれたのに」


「何を言うんですか! ご主人様! 私は賭けたんです! 私の服を! にも関わらず、やっぱり渡さないというのはあり得ません! これは、誇りの問題なんです!」


「うん。シスの言う通り」


「誇りを優先した結果、お前らは現在辱められている真っ最中だが、本当にそれで良いのか!? と言うか、メイドルに関しては下着を見逃して貰った立場なんだから、んな偉そうな事は言えないだろうが!」


 まだ日は昇っている。

 通行人も多い。


 そんな中、下着姿の美少女が2人いれば、当然注目を集めてしまう。

 誇り云々ではなく、出来る事ならモラルを大切にして欲しかった。


「恥ずかしい。……あんな事をした癖に、結局なんの成果も得られなかった事も恥ずかしいけど、何よりも痴女と呼ばれても仕方のない2人が私の身内だって事がとっても恥ずかしい! もう、2人共服を着てよ! 絶対、メイド服を手放すべきじゃ無かったよ!」


 外面を取り繕う余裕すらも無いのか、紛れもない本心を叫ぶサード。

 彼女の心の底からの叫びに関しては徹も大いに同意する。


「でもな、サード。残念ながら、俺達はお金がない。寧ろ、お金が無かった上に、メイド服まで失ってしまったから、マイナスといっても過言じゃない」


 徹の冷静な指摘に対して、サードは発狂した。

 ツーサイドアップに結ばれた髪を左右に引っ張りながら。

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